福岡県とその南の佐賀県は、背振山地によってその一部が隔てられている。背振山地の東は基山(405m)からはじまり、背振山系の最高峰である標高1054mの背振山をへて、西は佐賀県の唐津市との間を境する十坊山(535m)から玄界灘まで走行している。
背振山地のちょうど真ん中ほど、背振山の西北西12kmほどに位置し、背振山に次ぐ高さを誇るのが井原山(983m)である。この山は、オオキツネノカミソリの群生地があることで知られている。
オオキツネノカミソリ(Lycoris sanguinea var. kiushiana)はヒガンバナ科の多年生の球根植物である。花弁はヒガンバナに似た細いものが6枚と、オレンジ色のヒガンバナといった姿の草本である。学名でも分かるとおり、キツネノカミソリ(Lycoris sanguinea)の変種として位置づけられており、キツネノカミソリより花が大きく、おしべが花弁より長く突き出ているのを特徴とする。
これもまた学名から分かるとおり、ヒガンバナ(曼殊沙華の巻 参照、Lycoris radiata)と同属で、葉の形や花と葉を別々に出すところ、有毒植物である点ではヒガンバナと共通するが、花の形が少し異なる。
また、興味深いことに両者ともに、葉と花が同時期につかないところが一致しているのに、葉と花を出す時季は異なる。ヒガンバナが秋の彼岸頃に茎から直接伸びた花を着け、その後晩秋から早春にかけて緑色の葉を伸ばして球根に栄養を蓄えた後には葉を落として姿を隠すのに対し、オオキツネノカミソリは早春のまだ他の草が生えていないうちに、葉を伸ばして球根を太らせ、夏頃にはいったん葉を落として姿を隠した後に、8月前後になると茎を伸ばしていっせいに花を咲かせる。突然、茎をのばして花を着けるところはヒガンバナとそっくりだ。
植物のモデル生物として多用されるシロイヌナズナの実験等を通して、花は葉の変形したものと考えられているが、葉をつける時期と花を着ける時期が一致しないヒガンバナ属に共通したライフサイクルはとてもユニークだ。
井原山に群生しているオオキツネノカミソリは、九州最大の群生地とされている。九州ではこのほかに、佐賀県唐津市相知町の八幡岳、長崎県と佐賀県の県境の多良岳にも群生地がある。いずれも九州自然歩道に沿ったところのようなので、タイミングがあったらぜひ咲き誇るところ見てみたい。