とりあえず、歩くか。晴れた日は星空の下で寝るのもいい。

週末の九州自然歩道のトレッキングや日常の雑感です。英語版のトレッキングログもこちら https://nayutakun.hatenadiary.com/  で公開しています。

The Man Who Knew Infinity ラマヌジャンと1729

 The Man Who Knew Infinity(邦題:奇蹟がくれた数式、2015年公開)という映画を見た。今回は山の中ではなく、自宅のソファに座って。今週末は仕事の予定があり、山に行けなかったので、せめてもの気晴らしにと見たのだ。

 インドの天才数学者Srinivasa Aiyangar Ramanujan(1887年12月22日-1920年4月26日)と、彼を世に出すこととなった英国の数学者Godfrey Harold Hardy(1877年2月7日-1947年12月1日)とのケンブリッジ大学での研究の日々を描いた、実話に基づいた映画である。

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 Ramanujanは南インドタミール地方のバラモンとして生まれたインド人である。高校の成績は悪かったようだが、15歳の時に純粋数学要覧という数学の公式集のような本を受験用に手に取ったときから数学に打ち込むようになった。

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 ちなみにこの純粋数学要覧という本はGeorge Shoobridge Carrによって1886年に出版されたSynopsis of Pure Mathematicsのことである。版権が切れているためか、Rare Book Society of Indiaによって無料公開されており、全文をPDFで読むことができる。(https://www.rarebooksocietyofindia.org/book_archive/196174216674_10151380696521675.pdf参照)。ただしこれは数学の公式が羅列されただけの本で、私にはまったく面白くなかった。

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 私とは違って、この本によって数学の面白さに目覚めたRamanujanは奨学金を得てマドラスのパッチャイヤッパル大学に入学したが、落第を繰り返し、奨学金を打ち切られて中退している。その後、苦労の末に就職した港湾事務所の事務員として働きながら、独学で数学の研究を続けていた。職場の上司が慧眼であった。彼の勧めで英国の数学者数名に手紙を出して、研究成果を認めてもらおうと活動したときに、唯一、Ramanujanの能力を見出したのがケンブリッジ大学の数学者Hardyであった。

 Hardyは、周囲の反対にもかかわらず無名のインドの若者をケンブリッジ大学に招聘した。しかし、Hardy自身の社交性を欠いた性格もあって、RamanujanとHardyの仲はしっくりといかない。HardyはRamanujanの天才を見抜いてはいたものの、正規の数学教育を受けていないRamanujanとは数学的なディスカッションが思うように運ばないことにも苛立ちを感じる。Ramanujanは毎日、数学の定理が降りてきたといってHardyのところに紙に書いたメモを持ってくるが、そもそもその定理を証明する重要性を理解していない。

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 Ramanujanの天才を認めながらも議論の進まない苛立ち。どうやって定理を発見したのか尋ねると、ナマギーリ女神が舌に数式を書いてくれたと答える弟子への一種の嫉妬。こういった子弟の微妙な愛憎をうまく描いた佳作であった。

 もっとも記憶に残ったシーンは、二人の別れの際のタクシーのナンバープレートのやりとり。Hardyが「乗ってきたタクシーのナンバーは1729だった。つまらない数字だった」といったのに対して、Ramanujanすぐさま、「そんなことはありません。とても興味深い数字です。2通りの2つの立方数の和で表せる最小の数です」と答えた。

 神からこんな数字が降りてこない私は、1729がどんな数字の立方の和で表せるか、エクセルで確認してみた。

  1729=13+123=93+103

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 このとおり、たしかに1729は2通りの2つの立方数の和で表せるが、これが最小だとどうして分かったのだろう。Ramanujanが自然数の立方をリストアップして、組み合わせを計算して憶えていたとかいう間抜けなことをしていたとは思えない。なんらかの法則に気が付いて、直感的に知っていたのではないかなと感じる。

 映画にはなかったがこの逸話には続きがあり、Hardyは四乗数でも同様のものがあるのかを尋ね、Ramanujanは少し考えた後「あると思うが大きすぎて分からない」と直感的に答えたという。正解は

  635318657=1344+1334=1584+594

である。この数は大きすぎて、いくらなんでも暗算での計算は困難だろう。スイス生まれの数学者Leonhard Euler(1707-1783)が発見したと言われている。

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 映画の中では、Hardyは独身の偏屈な数学者として描かれている。せっかく自分が見出し、ケンブリッジ大学に招聘した天才との仲も、しっくりいかなかった時期があったようだ。しかし、普段は愛想を見せないくせに、証明の作成に慣れていないRamanujanに代わって彼の名で論文を執筆したり、インド人に対する偏見の強いケンブリッジ大学において彼をFellow(カレッジ所属の教官)にするために尽力したHardyの武骨な生き方は大好きだ。くしくも映画を見た2月7日はHardyの誕生日であった。誕生日おめでとう。