とりあえず、歩くか。晴れた日は星空の下で寝るのもいい。

週末の九州自然歩道のトレッキングや日常の雑感です。英語版のトレッキングログもこちら https://nayutakun.hatenadiary.com/  で公開しています。

済扶島 海が割れる

 年に数回、仕事でソウルに行く。ソウルでもジョギングをしたり、美味しい食べ物を渉猟したりしているが、まとまった時間がある時には郊外に観光に行くこともある。これまでに観光に行った中で、私が「これはすごい」と驚いたのと、韓国の人がつまらなそうに「あ、そう」と言った落差が一番大きいなと感じたのが済扶島(じぇぶど、제부도)。ここは年間を通じて1日2回海割れ現象が観察できる場所だ。

 海割れ現象とは、満ち潮と引き潮の干満の差で浅瀬の陸地部分が姿をあらわす現象。日本でも瀬戸内海の小豆島で見られるものが有名で、干潮時に現れる数百メートルの砂の道はエンジェルロードと名付けられ、多くの観光客を集める。

 韓国の海割れ現象で、日本で最も知られているのは珍島(ちんど)の海割れではないかと思う。これは毎年4、5月頃の大潮に年に1度だけ見られる現象で、珍島と沖に浮かぶ茅島との間を隔てる約2kmの海に、両島を結ぶ道が出現して地続きになる。演歌歌手の天童よしみの珍島物語(1996年)にもその現象が歌われている。ちなみにこの珍島物語はシングルが130万枚売れたミリオンセラーである。

 ようやく済扶島の話に戻るが、このソウル郊外の島は満潮時には本土から2.5kmほど沖に浮かぶ島であるが、1日2回、ほぼ毎日海割れが生じ、干潮時には舗装された道路を車が行き来し、満潮時にはその道路は完全に海の中に沈んでいる。また、舗装路には歩道もあり、干潮時には干潟の中の道を歩くこともできる。

 これはすごい!と思って、ソウルのケナリの彼女(草月流 春を告げるレンギョウの黄色い花の巻 参照)に行きたい、と誘ってみるが「それで?」みたいな反応で、日本ではまず見ることのできない壮大な海割れ現象などどうでもよいようなことを言う。ソウルに住んでいる人にとっては、済扶島の海割れなどごく当たり前の日常の出来事なのか?と思った。

 仕方がないので、仕事のない日に自力で地下鉄とバスを乗り継いで行ってみることにした。決行日は2019年8月23日。インターネットで干満潮時間を調べ、午前10時から午後4時までの間は済扶島に渡ることが可能であることを確認してからホテルを出た。

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 地下鉄1号線に乗ってクンジョン(衿井、Geumjeong/금정)駅に10時ごろに到着した。ここで駅前の小さな店でキンパの朝食。韓国の海苔巻きキンパはごま油の香ばしさがいいアクセントになっている。お腹が満たされたところで、駅の4番出口前方にあるバス停「クンジョンヨッ(衿井駅/금정역)」から330番のバスに乗った。約2時間の乗車でチェブドイック(済扶島入口/제부도입구)に到着。料金は2200ウォン。日本円に直すと200円程度。韓国の公共交通機関の料金は一般に安い。済扶島入口には海鮮料理の店が立ち並ぶ。

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 すでに潮は引いており、道路に設けられたゲートは開いている。ゲートの横には展望所があり、済扶島まで続く2.5kmほどの道路を見渡すことができる。済扶島まではバスもあるが、ここは歩いて渡ることにする。

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 干潟の中に片側1車線舗装された車道が延びている。その左側に歩道があり、歩道には花崗岩の縁石がつけられている。車道部分は完全に乾いているが、歩道にはところどころ水たまりが残っている。歩道には日付の刻印された石が埋め込んである。これは月齢と水位かなんかのマークだろうか。

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 歩道には、ソーラーパネルを備えた照明塔が据え付けてある。夜はこの海中道路が照明でライトアップされるのだろうか。40分ほどかけて干潟の中の道路を渡りきった時には、すでにそこは海であったとは思われないような乾いた泥地に変わっていた。

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 済扶島の名称だが、昔は島の対岸の町まで人々が子どもを背負いながら、あるいは老人の腕をとって渡っていたことに由来するとのこと。弱い者を救済し、傾いた者を扶助するという「済弱扶傾」の故事成語の「済」と「扶」をとって、済扶島という名前がつけられたそうだ。

 渡りきってからまっすぐ南に1.5kmほど進むと南端には鷹岩と呼ばれるランドマーク的な岩があり、ここには観光客が多数集まっている。

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 ここから北に向かう西の海岸線は海水浴場となっているようだが、干潮時は泳ぐ場所はない。かわりに海鮮レストランが多数並び、客引きのおじさんがしきりに声をかけてくる。

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 さらに進むとJebudo Art Park。その先は済扶島エスプラネードと名付けられた景色のよいボードウォークが北端の港まで続いている。

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 済扶島をぐるっと歩いて1周約4km。帰りはバスで対岸まで渡ろうと思っていたが、バス停はあるもののここのバス停には時刻表がない。仕方がないので、帰りも海の中道を徒歩で帰ることとした。

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 それからバスと地下鉄を乗り継いでホテルに戻ったのが午後5時過ぎ。この日の晩は男性の友人と夕食だったが、済扶島に行って大変感動した旨を話したら喜んでくれた。まさにモーゼの奇跡のようだったろうと。しかし、ケナリの彼女を誘ったけれどつれない返事だったと話したら、笑いながら、しかしちょっと言いにくそうに理由を教えてくれた。こんな内容だった。

 「済扶島に女性を誘ったときには、楽しく数時間を過ごしたあとで、故意か不注意か、潮が満ちてしまって自動車で帰れなくなることもある。そんなときに、仕方がないから泊まっていこうかと誘う男性が多いんだ。君はそんな風に見られたかな?」

 とウインクされた。