とりあえず、歩くか。晴れた日は星空の下で寝るのもいい。

週末の九州自然歩道のトレッキングや日常の雑感です。英語版のトレッキングログもこちら https://nayutakun.hatenadiary.com/  で公開しています。

メマトイ

 梅雨明け直後の天草から宇土半島のトレッキングでは蚊の猛攻に遭い、現在も体中に十か所以上の瘢痕が残っている。この時の反省を生かし、先週の石打ダムから田原坂にかけてのトレッキングでは、皮膚に直接塗り延ばす虫除けスプレー(主成分:ディート、DEET、N,N-Diethyl-meta-toluamide、どうしてこれでDEETとなるのか?)と、テント内に噴霧するスプレータイプの忌避剤(主成分:ピレスロイド、pyrethroid、除虫菊の有効成分と同じもの)の両者を用意して、ほとんど被害を免れることができた。ほとんどというのは、DEETの方は汗で効果が消失しやすく、肘のあたりは何か所か蚊に刺されてしまったためである。

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左がDEET含有の虫除けスプレー、右はピレスロイド含有の噴霧タイプの忌避剤

 DEETは米陸軍がジャングル戦のために開発した吸血虫の忌避剤で、1957年に民生用の使用が開始され、現在ではほとんどの虫除けスプレーの主成分として使用されている。DEETには殺虫作用はなく、吸血昆虫の皮膚表面への着地、あるいは着地後の針を刺す探針行動を忌避することが知られている。ゆえに、DEETを皮膚に塗布しても周囲を蚊が飛び回るが、なかなか皮膚には着地せず、着地しても針を刺すことなく飛び去ることになる。また、DEETを空中に噴霧しても着地を忌避できるわけではなく、殺虫作用もないため効果はない。

 いっぽう、もともと蚊取り線香に使われた除虫菊(シロバナムシヨケギク、キク科、Tanacetum cinerariifolium)の有効成分であるピレトリンと類似した構造を持つ合成化学物質のピレスロイドは、付着面への吸血昆虫の着地の忌避効果に加え、揮散した成分でも吸血昆虫をノックダウンする効果を示す。このため、テントの中に噴霧しておけば耳元で飛翔音を鳴らしてホバリングする蚊はコロリといなくなるわけだ。

 これらの2種の虫除け剤のおかげで、トレッキング中の吸血性の飛翔生物の脅威は減少したが、山道、とくに樹木に覆われてやや暗い山道では、歩いていると目の前をしつこく飛び回る小型の飛翔昆虫にはまだ悩まされている。こいつは、追い払っても追い払ってもしつこく顔面あたりを飛び回り、油断していると目の中に飛びこんできたり、息が上がった口の中に吸い込まれたりする。それでいて、刺したり吸血したりすることはなく、いったい何のために飛び回っているのか理由が分からない。いつまでもまとわりついて来て、「いったい君たちは家に帰ることはできるのかね?」と尋ねたくなるほど。いつか読んだ、つげ義春旅行記に、外房線のドアが閉まってつきまとっていた虻が列車の中に閉じ込められて、これで、もうこの虻は家族の待つ家には帰れなくなったな、と思ったというようなことが書かれていたのを思い出した。ちなみに、つげ義春の代表作の漫画である「ネジ式」は有名なので読んだ方も多いと思うが、未読の方は機会があったら一度読むことをお勧めする。とってもシュールな不条理系の漫画で、中学生の時に床屋でたまたま掲載された「月刊漫画ガロ」を目にしてひっくり返りそうになった記憶がある。

 実際に検証してみたが、しつこくつきまとうだけのこの小型飛翔昆虫には、虫除けスプレーは無効だった。顔や帽子に塗ってみたが、構わず飛んでくる。これといった実害はないのだが、こいつは誰なのか、何を目的に顔の周りにまとわりつくのか、気になるので調べてみた。

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こんな道を歩いているといつまでもいつまでもつきまとわれる ただし同じ個体かどうかは不明

 この虫の正体は蚊の仲間ではなく、メマトイというハエの一種だった。目にまとわりつくハエを総じてメマトイと言い、ハエ目ショウジョウバエ科メマトイ属のマダラメマトイPhortica okadai、オオマダラメマトイPhorticamagna、カッパメマトイPhortica kappa、ヒゲブトコバエ科のクロメマトイCryptochetum nipponense、などなど、日本にはメマトイの仲間たちは30種以上が生息しているよう(日本ショウジョウバエ分類データベース参照)。

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目の前をホバリングしていたメマトイの個体を撃墜したが原形をとどめなかった

 メマトイ類がどのような理由で人や動物の目にまとわりつくのかについては、はっきり分かっていないようであるが、目に向かって飛翔する個体のほとんどすべてが雄であることから性行動に関係があるのではないかとか、涙に含まれるたんぱく質を舐めにやってくるとか(実際に涙を十分に摂取して腹部が膨隆した個体の写真を例示したホームページもある)、二酸化炭素や人間の汗の匂いに寄ってくる等の諸説がある。二酸化炭素説は顔面の周りのみを飛翔することで否定的。カメラのレンズにも集まると書いたものもあるがこれは未検証。目に集まることはサングラスで回避できると書いたものもあったが、自験例では効果を認めなかった。

 メマトイが顔の周囲を飛翔するのを回避するためにはハーブ類、とくにハッカ油の効果が高いと書かれているものがあった。メントールの入ったキャンディ類を舐めながら歩くと目の前のメマトイが激減するという記事も見かけたので、次回はメントールキャンディ摂取によるメマトイの忌避効果の検証を実施してみようと思う。

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8月16日にはこの試薬を使用してメマトイの忌避効果を検証予定

参考文献:
 橋本知幸:虫よけ剤の原理と使い方、PMPニュース、340、2015.
 日本ショウジョウバエ分類データベース:JDD-Japan Drosophila Database,, http://www.drosophila.jp/jdd/sp/010102.html