とりあえず、歩くか。晴れた日は星空の下で寝るのもいい。

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【症例報告】歩行時に両側下肢に有痛性筋痙攣が生じた症例

   はじめに

 意識しない状態で突然、筋肉が強く収縮し、同時に疼痛を伴う症状を有痛性筋痙攣painful muscle spasmsあるいは筋クランプmuscle clampという。俗に足が攣(つ)る、あるいは好発部位が腓腹筋であることから腓(こむら=ふくらはぎ)返りともいうもので、一般健康成人にもしばしば見られる症状である。激しい運動や、長時間の立ち仕事の後には下肢を中心に生じることがある。また、50歳以上ではほぼ全員が一度は夜間の腓腹筋の有痛性筋痙攣を経験しており、60歳以上の6%が毎晩同症状に見舞われているという報告もある1)

 このように病悩者の多い症状にもかかわらず、本症状の発生のメカニズムには不明な点が多い。まず、筋肉が収縮するためには、次のようなメカニズムが働いている2)

  1. 脳や脊髄にある体性運動神経で発生した電気信号が運動神経線維を介して末梢に伝達される。
  2. 運動神経線維の末端からアセチルコリンが放出される。
  3. アセチルコリンが筋線維にある受容体に結合し、イオンチャネルが開いてナトリウムイオンが筋細胞膜を通過して筋活動電位が発生する。
  4. 筋活動電位が筋形質膜とT管(横細管)に沿って細胞内に伝導する。
  5. 筋小胞体のカルシウムイオン放出チャネルが開いてカルシウムイオンが放出される。
  6. カルシウムイオンがアクチンと結合しているトロポニン分子と結合し、アクチン上にあるミオシンとの結合部位が露出する。
  7. ミオシン頭部にあるATPaseがATPを分解してミオシン頭部にエネルギーを供給する。
  8. ミオシン頭部がアクチン上のミオシン結合部に付着して架橋を形成する。
  9. アクチンはミオシンに手たぐり寄せられて滑るようにミオシンの間に引き込まれていく。

 以上のように、アクチンとミオシンが互いに滑り込むようにして距離を縮め、筋の収縮という形をとるまでには、多くの過程を要する。このため運動神経に問題が生じるような神経性の疾患や、アセチルコリンの放出や再取り込みに関連するパーキンソン病や、その後の反応に必要なナトリウムやカルシウムといった電解質の異常など、多様な問題の関与を疑わなくてはならない。

 今回は歩行時に両側の腓腹筋および右側の大腿四頭筋、さらには左側の広背筋にまで有痛性筋痙攣が出現した症例を経験し、その発症の原因について考察を行ったので報告する。

 

  症例

 症例は50歳代の男性。非喫煙者で、特記すべき基礎疾患はない。これまでにパーキンソン病筋萎縮性側索硬化症のような中枢性の神経疾患の既往はない。症例報告に際しては、研究報告の趣旨を説明し、文書によるインフォームドコンセントを得ている。

 同患者に症状が発生したのは、2020年8月29日のことである。同日、午前8時から路上にて徘徊行為を行っていたとのことであるが、午後2時45分に熊本県鹿本町来民交差点付近を歩行中に右側の腓腹筋に有痛性筋痙攣の初回の症状が生じている。この際には、立位のまま腓腹筋を進展する姿勢を保持(ストレッチ)したところ、数分で回復をみている。この後に歩行を再開したところ、数歩歩いたところで右側と同時に左側の腓腹筋にも有痛性筋痙攣が生じ、歩行不能になった。このため、やむなく歩道上にて座位をとり、ストレッチを行ったところ数分で回復をみた。再び歩行を開始すると、次は右側の腓腹筋と同時に大腿四頭筋に症状が発生したとのことであった。症状は激烈で、VAS3)にて98mmを示すようなものであったとしている(図1)。

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図1 Visual Analoge Scale 100mmの線の上の該当すると思われるところに線を記入させ、左からの距離を計測して疼痛の強さとする

 歩行不能な状態が続いたため、日照のない家屋の軒下でしばらくストレッチを行い、イオン飲料(アクエリアスレモン、日本コカコーラ株式会社)500mlを摂取した。5分ほど座位にて休息を行うと回復したため、200mほど歩行して室温が25℃程度に維持されている小規模店舗(セブンイレブン鹿本髙橋店)にて飲料水(スプライト、日本コカコーラ株式会社)500mlを摂取した。店舗を出る際に、約12kgの荷重(図2)を背部に負担させようと動作したところ、左側広背筋に有痛性筋痙攣が生じた。やむをえず、同所書籍閲覧コーナーにて30分ほど休憩して回復を図った後は、下肢および背筋に症状の再発は見られず、歩行を継続し、18:00に徘徊行為を終えたとのことである(図3)。

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図2 約12kgの背面部への荷重体

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図3 患者の徘徊行動と症状、飲水行動の時間経過

 その後は有痛性筋痙攣の症状の再発は見られず、自然治癒をみている。

 

   考察

 有痛性筋痙攣の原因疾患は多岐にわたる。筋収縮に関わるところの神経に関連したものとしては、脊髄性のものでは筋委縮性側索硬化症、球脊髄性筋委縮症、多発性硬化症などがあり、末梢神経性では糖尿病性ニューロパチー、尿毒症性ニューロパチー、アルコール性ニューロパチーなどとの鑑別診断が必要である。また、筋性の疾患ではまれなものではあるが常染色体劣性遺伝疾患の筋グリコーゲンホスホリラーゼ欠損であるMcArdle病、常染色体劣性遺伝の筋ホスホフルクトキナーゼ欠損症である垂井病、甲状腺機能低下性ミオパチーなどがある。薬剤が原因となる場合もあり、スタチン、利尿剤、降圧剤、鎮痛剤などの服用者には本症状は発生しやすいとされている4)

 しかしながら今回の事例は、徘徊距離は30kmほどと比較的短かったものの、気温が36℃という状況で10時間徘徊を行ったとのことであるので、脱水あるいは脱水に伴う電解質異常を原因と考えるのが妥当だと思われる(図4)。患者からの問診では、同日の飲水量は4500ml程度で、それにもかかわらず排尿は1回しか行っていないとのことであった(図3)。すなわち、徘徊中に生じた蒸泄による水分の喪失は4000mlを上回るほどのもので、電解質バランスが崩れていたのではないかと推察される。

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図4 症状の発現した日の天候

 同患者に対する既往歴の聴取では、2016年11月13日にも長距離の徘徊に随伴して、同様な症状を経験しているとのことであった。その際には35km付近にて両側の大腿四頭筋に有痛性筋痙攣が生じ、徘徊中断を一時考えたものの、沿道の男性から「自分は抽選に漏れたから自分の分も走れ」という的確な保健指導を得ることができ、著しい遅滞の後ではあるが完走に至ったとのことであった(図5)。

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図5 2016年の徘徊行動の記録

 おそらく誰もが一度は経験している有痛性筋痙攣であるが、強い疼痛が発生するメカニズムは分かっていない。自分の意思によって筋肉を収縮させた場合には本症状のような疼痛が発生することはないが、いったん症状が発生した場合、とくに大腿の筋肉に本症が生じた際の疼痛は筆舌に尽くしがたい。ほとんどの症例ではストレッチとマッサージによって回復するが、発症のメカニズムの解明と予防および治療策が見つかることを切に期待したい。

 

   参考文献

  1. 安田 雄ほか:筋クランプ、医学と薬学、29:368-372, 1993.
  2. Bruce Alberts et al ed. Molecular Biology of the Cell 5th ed., 1463-1467, Garland Science, NY, USA, 2008.
  3. Ohnhaus EE, Adler R. Methodological problems in the measurement of pain: a comparison between the verbal rating scale and the visual analogue scale. Pain. 1(4):379-384, 1975.
  4. 石井一弘:こむらがえり・下肢つり・有痛性の筋収縮、今日の臨床サポート、エルゼビア.

 

   要約(Kumamotian訳)

 炎天下の中ん10時間も歩けば足ば攣るにきまっとろうが。どぎゃんしたらそん馬鹿なこつばでくっとかね。