とりあえず、歩くか。晴れた日は星空の下で寝るのもいい。

週末の九州自然歩道のトレッキングや日常の雑感です。英語版のトレッキングログもこちら https://nayutakun.hatenadiary.com/  で公開しています。

【症例報告】歩行が原因と思われる両側足趾の爪甲下血腫の症例

   はじめに

 爪甲下血腫(そうこうかけっしゅ)subungual hematomaとは、外傷によって血液が爪甲と爪床の間に貯留する障害である1)。典型的には、軽微な修復作業を実施するような際に打撃工具にて金属釘を嵌入しようとするときに誤って指の爪甲部を傷害したり、家人の求めにて重量物を運搬する際に誤って足趾に落下させたりして発症する。稀ではあるが、12月後半に超低アミロースの糯性の米を木製ハンマーで連続打撃を行うイベントの際に、撹拌を担当する者の手指に生じることもあるため、例年この時期には注意喚起がなされている。

f:id:nayutakun:20200908093351j:plain

 通常は、外傷に伴う拍動性の疼痛が生じ、次いで爪甲下部の青黒色への変色が生じる。急性の場合は、爪甲穿孔術を行って貯留した血液を排出することで疼痛の緩和を図る場合もあるが、血液が凝固した後ではこの術式は有効でないことから、実施例は少ないようである。経過としては、爪の成長とともに変色部位は先端に移動し、最終的には爪甲の剥離や一時的な脱落を来した後、再生した爪によって置換されることが多い。

 今回は、目立った外傷の既往がないにもかかわらず、両側の足趾に爪甲下血腫を発症した症例について報告する。 

   症例

 症例は50歳代の男性。非喫煙者で、特記すべき基礎疾患はない。これまでに悪性黒色腫の既往はない。症例報告に際しては、研究報告の趣旨を説明し、文書によるインフォームドコンセントを得ている。

 症状の発生を最初に認知したのは2020年7月26日である。入浴をしようとして靴下を脱着した際に、足趾に変色が生じていたことに気が付いたとのことである。左側の第4趾には爪甲下血腫と思われる黒色の変色、拇趾に広汎ではあるが軽度の変色を認めている。また、右側の複数の足趾にも軽度の変色を認めている。足趾には軽度の疼痛を自覚し、水浴の際にその症状は顕著であったという。ただし、この日は両側の足趾には外傷性水疱(肉刺、まめ)traumatic blistersも発生していたため、疼痛の原因部位は特定できていない。症状発現の1週間以内には外傷の受傷既往はなかった。

f:id:nayutakun:20200907130334j:plain

f:id:nayutakun:20200907130345j:plain

 次回観察時の8月23日には、左側拇趾には明らかな黒色の変色が生じていた。左側第4趾の変色は減退をみていた。右側の第2趾、第4趾にも爪甲下血腫と思われる黒色の変色が生じていた。両側とも足趾の変色部には疼痛を認めなかった。

f:id:nayutakun:20200907130412j:plain

f:id:nayutakun:20200907130430j:plain

 最後の経過観察となった9月4日においては、左側拇趾、右側第2趾、第4趾の変色が認められたが、他部位の変色は軽度か、限局的なものであった。いずれの変色部位にも疼痛は認められなかった。同部には歩行時の疼痛や、局所の圧痛も認められないため、このまま経過観察を行うこととし、症状に著変が認められた場合に対応を考慮することとした。

f:id:nayutakun:20200907130501j:plain

   考察

 爪甲下血腫は、爪甲に加わる外力によって爪床の皮下にある血管に破綻が生じ、爪甲と爪床との間に血液が貯留することで生じる疾患である。通常は患部に対する打撲や物体の落下などの強い外力が作用した後に生じる。本症例においては、患者に自覚された外力の作用は認められず、爪甲下血腫を発症するに至った原因を探索することが、今後の同症状の再発を未然に防ぐカギになると思われる。

 足趾に変色が生じていたことに気が付いた初回の観察を行った7月26日以前の患者の行動の聴き取りを行った結果、7月24日から7月26日までの3日間は連続して熊本県天草市より上天草市まで山中歩行を行ったとのことであった。同期間の天候を調べたところ、いずれも雨であった。

f:id:nayutakun:20200907130623j:plain

山中歩行時の状況

 雨中の歩行においては、外傷性水疱の予防のためには靴下の乾燥を保つことが重要で、雨によって水分を得た場合には可及的に早期に交換を行い、常に乾燥した靴下を着用するようにすべきとされている2)。本症例の場合は、3日間の雨中歩行にもかかわらず、1回も靴下の交換を実施していなかったとのことであった。このため、外傷性水疱の形成もみていたが、同時に爪下血腫も発症したのではないかと思われる。

 長時間歩行を行う場合は乾燥した適度の厚さを有した靴下と、適度なクッション性能を有した中敷きを使用することが推奨されている2)。これは、歩行によって発生する外力を分散し、繰り返し特定の部位に発生する摩擦刺激を軽減することにより、外傷性水疱の発生を防ぐためとされている。靴下に含まれる水分と摩擦との関係は明確ではないが、繊維内に配置したH2O分子が繊維間の結合を増強することにより、繊維内の空気を排除することになり、靴下のクッション性が喪失するのではないかと推察される。

 トップアスリートの場合は爪甲下血腫の発生はパフォーマンスを低下させるため、十分な予防処置をとり、兆候が見られたならば適切な対応を行うとされているが、本症例は競技実績など皆無な一般人であり、またその歩行についても何ら目的を有するものでない。爪は1日に0.1mm程度成長伸長することが知られているため1)、自然治癒を待つこととし、可及的に乾燥した靴下を着用するよう保健指導を実施した。

 

   参考文献

  1. 西川武二監修:標準皮膚科学第8版、医学書院、351-353、2007.
  2. 村上宜寛:米国ハイキング大全、PEAKS編集部、290-293、2018.

 

   要約(Kumamotian訳)

 三っ日も雨ん中を天草の山ん中をほっつき歩いとったら足の爪が死んだげな。馬鹿んごとしよるね。そんあいだ一回も靴下ば替えんやったと?そぎゃんこつしよったら、そりゃ臭かろうね。