とりあえず、歩くか。晴れた日は星空の下で寝るのもいい。

週末の九州自然歩道のトレッキングや日常の雑感です。英語版のトレッキングログもこちら https://nayutakun.hatenadiary.com/  で公開しています。

立野のスイッチバック

 テツ分の少ない私でも、スイッチバックと聞いたら心拍数が3回/分ぐらい上昇する。スイッチバックとは、本来は急な斜面を登るためにジグザグに設置された道路や鉄道線路のことであるが、そのレアな存在とマニアの熱狂度から、スイッチバックときたら鉄道のスイッチバックを想像する方が多いと思う。今回は阿蘇カルデラの内部をトレッキングするために豊肥本線阿蘇駅に行く途中で経験できた立野のスイッチバックのはなし。

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 熊本から大分をつなぐ豊肥本線は熊本を出た後、阿蘇の外輪山を越えてカルデラ内を横切ってから大分に至る路線である。山間部を通る路線のため、豪雨や土砂災害の影響を受けやすく、これまで何度も大規模災害による不通期間を経験してきている。

 最近では、2012年7月12日の九州北部豪雨で橋梁などが流され、2013年8月4日の復旧まで1年以上を要している。しかしその後には2016年4月に熊本地震が発生し、2か月後には豪雨災害も発生し、路盤が流されるなどの被害が出て肥後大津駅阿蘇駅との間の27.3kmが2年以上にわたって不通になっていたが、2020年8月8日に全線の運転が再開している。

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2020年8月8日に三角線に乗車する際にたまたま通りかかった

 豊肥本線は、肥後大津駅を出ると外輪山が一か所だけ低くなった立野駅に向かう。この駅が非テツ系の私でも知っている立野のスイッチバックのあるところで、まっすぐには乗り越えられない峠を、2回折り返して標高を稼いで阿蘇カルデラの内部に進んでいく。

 鉄道は鉄製の軌道の上を鉄製の車輪で走るため、あいだに働く摩擦力が小さく、勾配が苦手である。立野駅の周囲の線路の勾配は、線路脇の標識を見ると33.6‰(パーミル)。1000m進むごとに33.6m登ることになる。角度に直すとわずか1.9°なのだが、ここらあたりが鉄道の限界。例外はあるが、日本では普通の鉄道に設定できる勾配は最大で35‰と決められているため、立野駅にはスイッチバックを設置することになる。

 立野あたりでは国道57号線が並行して走っているが、自動車は200‰(11.2°)ぐらいの坂でも難なく登ることができるため、ここまで自動車に伍して走ってきた豊肥本線の列車は、ここで一気に抜き去られてしまう。ちなみに一般的な乗用車の場合、最大登坂能力は500~700‰(26.6°~34.6°)で、四輪駆動車には最大登坂能力が1000‰(45°)を越えるものもある。

 今回、阿蘇カルデラの内部を縦走するために豊肥本線に乗車したのは、2020年8月12日5:44肥後大津発の豊後竹田行きの始発列車。肥後大津駅での乗客は自分を含めてわずか6名。二人組の女性はどこから見ても非テツ系で左後方のボックス席に座った。最前方の親子連れはちょいテツと思われ、眺望が良い右のボックス席に陣取り、出発前に前後左右のカーテンを開けて準備開始。最後に乗車した30代後半とみられる男性は時刻表を右手に持ったガチテツ系。私の一つ前の右側のボックス席に座り、カーテンを開けて時刻表を睨み始めた。

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5:44 肥後大津豊後竹田行き始発列車

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出発前にはカーテンが閉まっていた

 定刻の5:44に肥後大津駅を出発し、次の瀬田駅を過ぎたあたりから列車のディーゼルが唸り始める。右手には国道57号線が並行して走るのが見える。5:59に時間どおりに立野駅に到着した。

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豊肥本線と並行して走る国道57号線

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5:59 立野駅に到着

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 立野駅では5分間の停車。この間に私を含めた男性4名はホームに降りて写真を撮ったり、忙しそうに動き回る。ボックス席に座った非テツ系の二人組の女性は、何事かと不安そうに周囲を見回している。

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 ワンマン列車の運転士さんは、ホームの上を歩いて反対側の運転席に行き、定刻どおりの6:04に逆向きに発車した。

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左が肥後大津からの線路

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しばらく逆向きに走って停車

 しばらく坂を登って停止する。男性はまたもやカメラを持って車内を前後に動き回る。非テツ系の女性たちは不安そうにボソボソ何か言っている。運転士さんは今度は車内を歩いて元の運転台に戻り、再び初めと同じ進行方向で発車した。たったそれだけのことだが、やはり新鮮で、非テツ系の私でも楽しめるイベントだった。

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運転士さんが元の運転台に戻る

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前方にはスイッチバックの分岐が現れる

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折り返しながら高度を上げていく

 列車はその後、赤水駅市ノ川駅内牧駅を経て、6:36に定刻どおり阿蘇駅に到着。雨の中をカルデラ内の縦走のために歩き始めた。

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地震のために掛け替えられている阿蘇大橋の横を通る

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カルデラの内部は平ら

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雨の中を阿蘇駅に到着

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列車を見送り駅舎の中に

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阿蘇駅の立派な駅舎

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正面には阿蘇山

 じつは、立野のスイッチバックは2014年8月17日にも経験している。このときは夏休みで子供連れの乗客が多く、あまりしっかり観察をすることができなかった。今回は始発列車で、乗客が少なかったこともあり、薄暗く、雨だったことはあるが、隅から隅まで堪能できた。

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前回の豊肥本線の旅の時には前の阿蘇大橋があった

 九州にはもう一か所、有名なスイッチバックがある。それは、熊本県八代駅から人吉駅を経由して鹿児島県の隼人駅までを結ぶ肥薩線大畑駅。ここはループ線もあり、日本三大車窓矢岳越えもありと、非テツ系でも興奮してしまうルート。場所が場所だけにまだ乗ったことがない。うまくいけば、あと1か月ぐらいでこのあたりはトレッキングで通過する最寄りの駅になる予定だったので、乗車する機会があるかもと思っていたのだが、2020年7月4日からの豪雨で肥薩線は甚大な被害を受け、八代-吉松間の86.8kmは復旧の見込みすら立っていない。

 九州の鉄道は、肥薩線だけでなく、久大本線日田彦山線南阿蘇鉄道肥薩おれんじ鉄道くま川鉄道など、軒並み災害のために不通区間を抱えてしまっている。ちょっと神様厳しすぎるぞ、と文句を言いたい。