もう25年以上前の話だが、米国で仕事をしていたことがある。東海岸にあるNew YorkとWashington D.C.との間の、Philadelphiaという街で暮らしていた。わりと貧乏だったが、とても楽しい毎日だった。何年か過ごすことができたが、1995年に日本での仕事が見つかり、4月1日の辞令交付に合わせて日本に戻ることにした。
せっかくの機会なので、東海岸から西海岸まで自動車で横断して、San Franciscoから飛行機で日本に帰るのも面白いかと、計画を立てた。当時使っていた車は人に譲り、レンタカーを借りることにした。AVISという大手のレンタカー会社に、いわゆる乗り捨て料金がかからないプランがあったからだ。
住み慣れたPhiladelphiaに別れを告げたのが1995年3月12日。アパートのカギを管理事務所のポストに入れた後、2時間ほど北に向かってI-476を進み、I-80に入ってシカゴに向かった。I-××というのはInterstate Highwayのことで米国の州間高速道路を指す。番号が1桁と2桁の高速道路はPrimaryと呼ばれる1級州間高速道路。その中でも末尾が0の道路は大陸横断道路で、末尾が5の道路は大陸縦断道路になっている。
初日は晴れで、快調に飛ばして夜にはChicagoに到着し、ミシガン湖畔のホテルにチェックインした。
2日目はAmtrak(アムトラック、米国の鉄道会社)のChicago駅から西海岸のFresno駅まで鉄道便で自転車を送り、この日と翌日は観光。シカゴには有名な美術館や、証券取引所があり、何日あっても時間が足りない。
3日目にはChicagoを離れ、イリノイ州の草原をひた走り、アイオワ州の草原の真ん中にあるDes Moines(デモイン)という町のモーテルに宿泊した。晩ご飯には近くのレストランでなぜか小ぶりな海老フライを食べた記憶がある。この日1日はI-80をひたすらまっすぐ西に向かって走り、ほとんどハンドルを動かしていない。
次の日もひたすらI-80を西に進む。わずかに起伏のある平らな大地をひたすら西に進む。地平線を見ながら運転するのはとても新鮮だったが、ずーっと地平線しか見えないドライブは眠くなる。ときどきハイウェイを降りて食事をしたり、給油をするが楽しみだった。
5日目の朝には平原の遙か彼方に山が見えてきた。ロッキー山脈だ。近づくにつれ、正面に4000m級の山々が立ち並ぶのは壮観。I-80をCheyenneまで進み、ここからI-25を南に進んでロッキーマウンテン国立公園をドライブ。4000mを越える山々の中を運転するのは爽快だった。
ロッキーマウンテン国立公園をドライブした後はI-70に入り、同夜はSilverthorneという町のモーテルに宿泊。夕食にはステーキハウスで食事をしたのを憶えている。ステーキハウスと言っても非常にワイルドなレストランで、部位と量を選んで目の前でカットしてもらった肉を、店内のグリルで焼いて味付けをして食べるという店。大きな肉を自分で焼いて塩コショウして食べるのだ。写真が残っていないのが残念。
翌6日目はI-70を西に進んだが、1日のうちに、雪の残る道から一転して乾燥した砂漠地帯に変わる。100両近い貨物車を連結した列車が川沿いに進んでいくのを通り過ぎるまで見物し、Colorado National Monumentの眺めの良い道路を進んだ。西部劇の時代に戻ったような光景だった。
7日目はI-70から離れてMoab(モアブ)の町に南下して、Arches(アーチーズ)国立公園を見学。ここは文字どおり自然が作り上げたアーチの並ぶ国立公園。いったい何をどうしたらこんなものができあがるの?と思うばかりの自然の造形がこれでもかというぐらい並ぶ。
この日はさらに100kmほど南に進み、Monument Valleyという、John Wayneの西部劇などによく出てくるメサというテーブル状の台地が並ぶ地帯を通り、Kayenta(カエンタ)の町のモーテルに宿泊した。
翌日はTuba Cityを経由して、国立公園ツアーのハイライトの一つであるGrand Canyonを見物。いやー、こんなに壮大な光景が世界にあるとは。
次の日はPage(ページ)を経由して、猿の惑星の映画のロケに使われたというLake Powellに沿って進み、Glen Canyonを見た後、Bryce Canyon国立公園とZion国立公園と、国立公園盛りだくさんの見物。シーズンオフのせいか人はそれほど多くなく、奇岩見放題の状態だった。
Philadelphiaを出て11日目にはラスベガスに到着。ここではスロットマシンをしたり、マジックのショーを見たりしてのんびりと過ごした。ホテルで食べた、All you can eatという食べ放題の食事の豪華さにも驚かされた。
翌日はLas Vegasを出発して西に100kmほど進んだところにあるDeath Valley国立公園に到着。ここは地の果て。それでも、荘厳な美しさを感じるところ。
13日目は温暖なカリフォルニア州に入り、Bakersfieldの風力発電施設の見える草原をひた走り、Fresnoに宿泊。
翌14日の朝には、Fresnoの駅でChicagoから発送した自転車を受け取り、レンタカーに積み込み、200kmほど北のSan Franciscoに到着。友人宅に泊めてもらい、翌日は市内観光に連れて行ってもらった。そして、翌々日の飛行機に搭乗して、成田に向かった。
San Francisco空港のAVISのカウンターでレンタカーのカギを返すとき、係員が笑いながら「From Philly!」と大きな声を上げたのも良い思い出だ。
この旅が、これまで経験した旅で一番楽しかった。タイムマシンがあったならば、1995年3月12日に戻りたい。