仕事でときどき韓国のソウルに行く機会がある。ソウルでは友人がいつも歓待してくれ、とても楽しく過ごすことができる。
2019年2月のことである。このときのソウルでの滞在の予定は4日間。1日目の仕事の後、3、4日目は仕事があったのだが、2日目は予定がなく、まるまる1日空いてしまった。その日の予定がないことをソウルの友人に知られたりしたら、おそらく仕事を休んでまで何かイベントをこしらえてくれる。それはそれで大変うれしいのだが、これまでも何度か私のために仕事を休んでいるはずだ。それを考えると気が重くなる。彼らとはこれからもずーっと仲良く、信頼できる友人として付き合っていきたいから、お互いの負担を少しだけ減らしたいと思う。そこで、一人でもソウル近郊で楽しむことができ、かつ友人にも単独行動をとることが納得できる1日のプランを考えてみることにした。
ソウル近郊の地図を眺めていると、ソウルの東にある平昌Pyeongchangピョンチャンという文字が目に飛び込んできた。ここがいい。2018年に開催されたオリンピックの開催地を見物に行くといえば、彼らも納得し、喜んでくれるに違いない。
さて、平昌までどうやっていくか。地図を見ると、ソウルから平昌まで鉄道のシンボルが書いてある。そういえば、平昌オリンピックに合わせて、韓国版高速鉄道が開通していたなと思い出す。KTXという韓国自慢の高速鉄道だ。平昌の東の海岸沿いには平昌オリンピックでスケートやカーリングなどの競技が開催された江陵Gangneungカンヌンもある。これまで行ったことのない韓国の東海岸の都市を訪問することにしよう。
そこで韓国の鉄道路線図を見ていて気がついた。海に面した都市の江陵からは、海に沿って南に進む嶺東線Yeongdong Lineが延びているのだが、その路線から西に分岐している太白線Taebaek Lineは途中でクルリと1回転しているのだ。おそらくループしているのだろうが、その半径がいやに大きい。これは自分の目でどんなところなのか確かめてみないといけない。ということで、1日空いたソウルの休日は、江陵までKTXの旅を楽しんだ後、韓国東海岸の鉄道のループ線を体験するために使うことにした。
当日の朝はホテルから地下鉄を乗り継いで、KTX江陵線Gangneung Lineの始発駅であるソウル市内の東にある清涼里Cheongnyangni駅に7:30に到着した。KTXは発車の20分前までに切符を購入のことと書いてある。まずは窓口で清凉里 8:22-江陵 9:58の切符を購入して、駅のキオスクでサンドイッチと飲み物を購入した。
ホームに行ってみるとすでにKTXは入線していた。ほどなくドアが開き、7号車14Dの指定席に着席した。乗車率は70%ほど。二人掛けが2列並ぶシートレイアウトで、隣に座る人はビジネスマン風の人だった。車内は日本の新幹線の雰囲気と同じ。ビジネス客が半数ぐらいを占め、静かな車内だった。
定刻通りに清涼里駅を出発し、市街地を抜けていく。線路の両側はフェンスで囲まれており、車窓からの眺めはそれほど良くない。8:48に揚平Yangpyeong駅に到着し、隣のビジネスマン氏は下車していった。次いで、9:16に横城Hoengseong駅、9:26に屯平Dunnae駅に停車した後、平昌駅には9:37に停車した。KTXの車窓から見える限りでは、平昌駅の近辺では厳冬期にかかわらず雪はほとんどみることができなかった。冬季オリンピックの際にも雪不足で苦労しているようだったなと思い出す。
定刻どおりに平昌を出発したKTXはトンネルに入り、出たところは平野部となった。左に緩いカーブを描いて、終点の江陵駅には定刻どおりの9:58に入線した。
江陵駅はいまだにコンクリートが硬化するときの独特な臭いの残る新しい駅だった。まずは、ソウルへの復路の列車の切符を購入するために窓口に向かった。江陵から嶺東線で東海Donghae、新基Singiから大白線で太白Taebaek、堤川Jecheon、そこから中央線に乗り換えて清涼里までループ線を経由してローカル線でソウルに帰る乗り換えなしの列車は江陵14:10発が1便ある。窓口の女性に説明したら、「え、それ?」という顔をされたが、無事に切符を購入することができた。
駅前には五輪のシンボルとマスコットが並んでいた。オリンピックの開催地の名残を撮影した後、駅前の食堂で朝食をとった。
食事を済ませたが、ソウルへの列車の発車時刻まではまだ3時間以上ある。駅の周辺を歩いているとレンタサイクルの店が見つかった。自転車で江陵の町を散策することにした。
自転車でオリンピックパークに向かい、フィギュアスケートとカーリングの試合会場を見学した。次いで鏡浦湖に沿って東に向かい、海岸に出た。江陵は海辺にコーヒーショップの並ぶエリアがあり、それぞれの店がオリジナルのコーヒーを競っている。地元の人に聞いて、老舗として有名な店に入ってハンドドリップのコーヒーを飲んで、江陵駅に戻った。
駅構内のコンビニで好物のキンパ(韓国風海苔巻き)と数点のおやつと飲み物を購入して、これからの6時間の長丁場に備える。
14:00前にはすでに2番ホームにソウル行きの列車が入線していた。車内は二人掛けが2列並ぶシートレイアウト。クッションの良いシートで助かった。
江陵からは海岸に沿って南に進む。進行方向左の窓側の席をリクエストしていたため車窓から海が見える。北朝鮮との国境が近いためか、このあたりの海は海岸線には有刺鉄線の張り巡らされたフェンスが設置してある。
15分ほどで海に面した駅に到着した。正東津Jeongdongjin駅だ。駅を過ぎたところで、山の上には旅客船が現れてびっくりした。Sun Cruise Resort and Yachtという客船の形をしたリゾートホテルだった。
東海駅からは川に沿って山手に入る。次第に山が深くなる。
地図でループが始まるあたりの道渓Dogye駅を過ぎてから、トンネルに入った。長いトンネルだ。スマホのコンパスを標示して方向を確認したら、ゆっくりと列車が右回りに方向を変えながら進んでいるのがわかった。ちょうど360°になったところで周囲が明るくなり、トンネルの外に出た。
トンネルを出ると山間の大きな町に出た。太白Taebaekの町だ。16:00ごろに大白駅に到着し、しばらく停車した。
その後も順調に進み、終点の清涼里駅には20:05の定刻どおりに到着した。江陵駅を出発してからおよそ6時間。ずいぶん長い列車の旅だったが、楽しい1日だった。清涼里から地下鉄でソウルの中心地に戻り、晩ご飯とすることにした。
ソウルに戻ってから調べたところ、このトンネルは、嶺東Yeongdong線の道渓Dogye駅と東栢山Dongbaeksan駅との間をつなぐソランSolanトンネルだった。16.7kmもあるループトンネルで、2012年に開通。2001年に着工して、完成まで10年以上を要しているので、難工事だったのだろう。以前はスイッチバックを有する急勾配区間で、そのころは3段スイッチバックとオメガループという鉄道マニア垂涎の鉄路だったよう。ループトンネルもそれなりにわくわくしたが、車窓からの景色が楽しめないので、スイッチバックの方がポイントが高い。
さて、ソウルの友人の一人は今年リタイアして、いまはもっぱらボランティアに従事している。2020年3月のリタイアメントパーティに招待されていたが、7月に延期になり、それも中止となってしまった。若い頃に日本に留学経験があり、リタイア後にはしばらく日本を訪問したいと言っていた。福岡の私の家にも何日か滞在してもらう予定なのだが、コロナ禍の現在はそれも果たせないまま。早くその日が来てくれるように願っている。