風車を甘く見たのが失敗だった。夜半には10m以上の風が吹いたようで、テントが何度も風にあおられた。風車の音も大きくなり、爆音といってよいほどの音を一晩中放っていた。今日の日程は余裕があるので、7:15の日の出を待って行動を開始すればよかったのだが、羽根が分解されんばかりの音を立てて頭上で回転する風車に耐えきれずに、5:30には起床して、5:55の真っ暗な中で行動を開始した。ヘッドライトの明かりを頼りに歩き出す。山の上には風車の赤いランプが点滅している。
15分ほどで菖栄の集落に出て、暗闇の中を地図に従って右折と左折を繰り返し、7:00ごろに竹野(たけんの)の集落に着いたあたりでようやく辺りが明るくなってきた。竹野集落からは野尻野(のじんの)の風力発電所が近いが、地域住民は夜寝るときに騒音が気にならないか心配になってきた。
竹野から少し高度を上げて、7:21に野尻野の小学校の跡地に到着した。小学校の先からは野尻野の草原が見えた。家畜の飼料にするためか、サイロがいくつか設置してあった。
野尻野の最後の風車を通り過ぎて、立派に舗装された林道が始まった。林道をしばらく進み、7:40に野首岳南登山口に到着した。
登山道は草がしっかりと刈ってあり、整備はよく行き届いていた。落ち葉の積もったところには、イノシシが掘った後が残っており、油断するといつでもイノシシが現れそうな雰囲気が漂っていた。高度が上がってくると、木道が設置されており、歩きやすい山道だった。
8:12に稜線に出て、勾配は緩くなってきた。尾根の西側には海が拡がっているはずだが、樹木が多く、眺望はほとんどなかった。それでも稜線近くは風が強く、体温が急激に下がっていった。
8:38に748mの小ピークを越え、9:03に野首岳の897mの頂上に到達した。頂上は直径15mほどの円形の芝生の平地であったが、南を除いて、他の方向はすべて樹木が邪魔をして、眺望はあまり良くない。また、山頂につきものの山名標識も、かつてそうであったかもしれない木切れが落ちているだけだった。やむなく三角点を撮影しておいた。山頂では、水とミカンの朝食とした。
野首岳の山頂から、今度は北登山口に降りる。南登山口からの山道と北登山道への山道は、サクランボの軸のような形態で分岐しており、気をつけて歩かないと見落としやすい。間違えて進んで引き返したところで、南方面には黄色テープ、北方面には赤色テープで目印がつけられているのに気がついた。
山頂から下った北登山口までは500mほどと短く、9:22には林道まで到達した。登山口付近には舗装された広い駐車場が設置されていた。北風があまりに寒く、ザックからダウンジャケットを取り出して身につけた。ここからは4kmほどの舗装された林道が続く。標高は800mほど。風が冷たい。
10:18に辻岳の南登山口に到着した。ここには自動車が2台停めてあり、先行した登山者がいるようだった。辻岳の登山道の整備状態は非常に良好。草が刈られ、踏み跡がしっかり付いており、理想的な登山道。地元で人気のある山のようで、子供連れの家族が下山するところとすれ違った。20分ほどで773mの山頂に到着した。山頂には大きな岩があり、その上からは360°の眺望が得られた。とくに南の野首嶽が海に向かって鋭角に落ち込む様は迫力があった。南西には開聞岳が錦江湾を隔てて見えた。それにしても風が強い。
山頂では10分ほどゆっくりして、北登山口に向かって降下をはじめた。北登山口は最初、海に向かって下るが、海に飛び込むかのような角度で降りるのが爽快だった。11:13には辻岳北登山口に到着し、ふたたびもったいないぐらい立派な林道を北に向かって歩き始めた。
20分ほど舗装路を下り、11:34にパノラマパーク西原台の入口に到着した。ここはパラグライダーのテイクオフのためのフィールド。まちがいなく前面の開けた眺望の良いところなので、少し寄り道をした。芝生の斜面が拡がり、大隅半島の西岸はすべて見渡すことができた。ここからテイクオフするときはさぞや気持ちよいだろうなと思われた。
パノラマパークから林道に引き返して、舗装路を下る。根占の町がずいぶん近くに見えてきた。12:00ごろには標高50mほどの林道根占中央線の起点の分岐に到着した。ここからは九州自然歩道の標識に従って右折して、田園風景の中を歩く。
12:22に大久保集落、12:36に打越集落、12:50に大中原集落と、集落の中を右折、左折を繰り返すが、そのたびに標識が立てられていて迷うことはない。
13:01に滑川集落に到着した。ここが最寄りの公共交通機関に最も近い地点で、今回はここで九州自然歩道を離脱して福岡への帰途に着くことにした。
福岡までの復路の第1候補は根占港からフェリーで山川に渡り、指宿枕崎線で鹿児島まで出る方法。根占港まで6.5kmほどあるが、そこまでは公共交通機関はない。根占港に向かう県道563号線を歩いていると、白い軽トラがクラクションを鳴らして停まって助手席を指さす。歩いているんですと言って帽子をとって断りながら挨拶をしたら、手を振って笑って走り去った。
さらに1kmほど歩いた出口集落では、本日始めての自販機を見つけてザックを下ろしたら、別の白い軽トラが後ろから来て停まった。運転席から降りた男性が自販機に千円札を入れると、財布を持って立っている私に向かって好きなボタンを押せという。礼を言ってホットコーヒーを頂いたら、男性もコーヒーを2本購入した。男性はいつか、大隅半島の東岸に植物の採集のために山に入ったときに、一人歩きの女性が大きなザックを担いで一人旅をしているのに出会って感動したという。女性が地元の人間でも知らないようなところに歩いて行き、テントを張って寝るという大胆さに驚いていた。大隅半島には美しいところがたくさんあるから、もう少し暖かくなったらもっといろいろなところを歩いて欲しいと言って去って行った。この人は、ザックを担いだ私にコーヒーを奢りたいためにわざわざ欲しくもないコーヒーを買ったような雰囲気だった。頂いたコーヒーは、私のお腹と心を温めてくれた。
そんなこんなで6.5km歩き、根占の町を通過した。根占大橋を渡るときに見えた海面が白かったので、いやな予感がした。14:34に根占港に到着したときには脱力してしまった。予感が的中した。さて、どうやって福岡に帰ろうか。人生は修行だ。
2021年1月17日 九州自然歩道 76日目 鹿児島県肝属郡南大隅町佐多風力発電所~南大隅町根占ネッピー館 曇り後晴れ 気温7/2℃ 行動時間8:48 距離28.1km 45785歩
復路交通:根占ネッピー館17:13-鹿屋18:03/19:00-垂水港19:47/19:55-鴨池港20:35/20:45-鹿児島中央21:08/21:36-博多23:23