とりあえず、歩くか。晴れた日は星空の下で寝るのもいい。

週末の九州自然歩道のトレッキングや日常の雑感です。英語版のトレッキングログもこちら https://nayutakun.hatenadiary.com/  で公開しています。

蟻鱒鳶ル

 久しぶりの、ほんとうに一年ぶりの東京出張の仕事を終え、16:30というちょっと中途半端な時間の後に自由な時間ができた。美術館に行くには閉館時間が迫るし、寄席はどうも夜席は自粛期間中のよう。晩ご飯に行くには少し早いし。そこで、仕事の現場である品川の近くに、かねてから訪れてみたい建築があったのを思い出して、行ってみることにした。

 場所は仕事現場から1.5kmほど離れた東京都港区三田の聖坂。駐日クウェート大使館を目印とする。大使館から聖坂の道路を挟んで斜め左に位置する建物が、これまで行ってみたかったものの果たせないままでいた蟻鱒鳶ル(アリマストンビル)。

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公園の向こうに見えるのが丹下健三設計の駐日クウェート大使館

 2005年に着工された、地上4階、地下2階の予定で設計されている鉄筋コンクリートのビルである。すでに16年ほど経過しているものの完成には到っていない。なぜならば、ほとんど自力のみでビル一棟をまるごと建てようとしているからだ。しかもその姿がすこぶる異形。このビルを建てようとしている方が、バルセロナにあるアントニ・ガウディ設計の未完の大建築「サグラダ・ファミリア」になぞらえて「三田のガウディ」呼ばれるのも頷ける。

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ビルとビルの間に立つのが蟻鱒鳶ル(アリマストンビル)

 今回、品川の仕事現場から歩いて蟻鱒鳶ルに着いたのが16:56。玄関らしきところからのぞき込んだところ、ちょうど作業を終えて着替えに帰ろうとしていた制作者の岡氏にばったりと出会った。この稀代の建築現場を見学しに来た旨を伝えると、初対面ながら快く内部に招き入れてくれた。建築物を見学に行って、設計者、施工者、所有者と対面できることなどまずない。ましてや本人から内部を案内されることなど奇跡だ。大感激だった。

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建築現場について中をのぞき込んだところで制作者の岡氏にばったり会った

 岡氏に話を伺うと、高専で設計を学び、施工は文献を読み込んでいるとのこと。コンクリートの含水量は一般的には60%近くのものが使われているのに対して、蟻鱒鳶ルでは37%まで減らし、コンクリート打ち込み後にも布で覆って水を掛けて養生するなどして、徹底的に高品質のコンクリートを作っている。触らせて頂いたコンクリートの柱は特殊な塗装を施したかのようなツルツルの状態だった。このコンクリートの質にはプロもビックリしていたようで、現場を見に来た建築史家の藤森照信東京大学名誉教授も何を塗ったんだと尋ねたとか。

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内部の装飾には凝った意匠が連発

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 内部は建築資材や工具で溢れかえっていたが、気軽に1階から4階まで案内してくれた。純朴な良い方だった。完成は3年後とのこと。しかしながら、蟻鱒鳶ルは噂の通り再開発区域に入ってしまったとのこと。完成後はどうなるかと尋ねたら、日本に昔からある曳家の技術で移転する予定とのこと。意外と簡単にこのビルの移転ができそうだという。安心した。

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現在の4階の建築現場はこんな状態

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3階も思い切り施工中の雰囲気

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玄関も現代アート

 完成後にはまた訪れてみたい。聖坂を挟んで向かい側に建つ丹下健三の設計になる駐日クウェート大使館も立て替えの計画が浮かんでは消えているようだが、蟻鱒鳶ルと一緒に200年後のこの地に残っていてくれたら素晴らしいことだ。

 ただし、もし記録が失われたならば、200年後の人はこの2つの建築を見て、誰が、何のために建てたのか訝しがるのではないだろうか。そんなことを一人考えながら聖坂を下っていった。

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あと3年で完成予定の蟻鱒鳶ル

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斜め前の駐日クウェート大使館(蟻鱒鳶ルから撮影)