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【症例報告】過重な労作を契機としてHerpes zosterの再発を生じた症例

はじめに

 帯状疱疹Herpes zoster)は、水痘帯状疱疹ウイルス(varicella zoster virus (VZV):ヒトヘルペスウイルス3型 Human herpesvirus 3 (HHV-3))が神経節での潜伏状態から再活性化される際に生じる感染症である。同ウイルスの初回感染では水痘(水ぼうそうvaricella, Chicken pox)となり、初回感染後にある程度の期間経過してから再活性化して発症するのが帯状疱疹となる。(図1)

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 VZVの初回感染の際には、血流を介して脊髄神経や脳神経の神経節に感染し潜伏する。その後、何らかの原因で再活性化した際には、神経線維を伝わって皮膚に到り、有痛性のびらんを形成する。びらんは、通常は感染した神経節の支配する神経線維の走行に一致した皮膚領域(皮膚分節)に片側性で帯状に発生することから、帯状疱疹の名が付けられている。ウイルスが再活性化する原因は分からないことが多いが、基礎疾患や薬剤によって免疫機能が低下したときに起こる場合があるとされており、高齢者において発症率は高値を示している。1)

 症状は激烈であることが知られている。帯状疱疹が出る2、3日前に身体の片側の痛みやかゆみが生じた後、皮膚分節に水疱の形成を生じ、わずかな刺激に対しても激しく痛むようになる。また、帯状疱疹の発疹が消退した後も、およそ10%に非常に重度な痛みを伴う帯状疱疹後神経痛を生じる。著しくQuality of lifeに影響を及ぼす疾患である。

 我が国で行われた疫学調査では、50歳以上での発症率は5~8人/1000人年とされており、80歳までに1/3が罹患する一般的な感染症である。ただし、何度も再発することのある単純ヘルペスウイルス感染症とは異なり、帯状疱疹が2回以上発症する人は全体の4%未満とまれであるとされている。2)(図2)

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 今回我々は、帯状疱疹を2回発症し、またそのいずれも比較的明確な原因を特定することのできた症例を経験した。近年、帯状疱疹の症例が増加している背景についての知見を加えて、考察を行いたいと思う。

 

症例と経過

 症例は50歳代の男性。非喫煙者で、特記すべき基礎疾患はない。これまでにHIV感染や白血病などの免疫低下をもたらすような疾患の既往はない。症例報告に際しては、研究報告の趣旨を説明し、文書によるインフォームドコンセントを得ている。

 以下に、患者からの医療面接で得られた症状の経過について記載する。

Day 1

 当該患者に症状が最初に生じたのは、2021年5月18日のことである。同日、午前中より左側の下腹部、胸部、心窩部に間欠的な電撃痛を自覚した。心窩部に生じた電撃痛は激烈で、狭心症を疑ったほどであるとのこと。

Day 2

 翌5月19日の午前7時のシャワーの際に、左側腰部の皮膚に赤色の皮疹の形成をみたため、同日午前10時に某大学病院皮膚科を受診したところ、患部を一瞥したのみで帯状疱疹と診断された(写真1、図3)。なお診察の際に、「今週末は山に登ってもいいでしょうか」などと寝ぼけたようなことを尋ねたところ、担当医から鼻で笑いながら「行けたら行ってもいいんじゃないですか」と回答されたとのことであった。

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 なお、同日処方された薬剤は下記のとおりである。

 パラシクロビル塩酸塩(バルトレックス錠500、アシクロビルのプロドラッグ、抗ウイルス薬)1000mg×1日3回 7日分

 アセトアミノフェンカロナール錠200、解熱鎮痛剤)400mg×1日3回 7日分

 プレガバリン(リリカOD錠25mg、神経障害性疼痛治療薬)25mg×1日1回就寝前 7日分

 メコバラミンメチコバール錠500μg、ビタミンB12製剤)500μg×1日3回 7日分

 ジメチルイソプロピルアズレン軟膏(アズノール軟膏0.033%、抗炎症薬、軟膏)20g 1日1回患部に塗布

 問診によって得られた発症の契機と考えられる事象は、過重な労作と思われる。理由は不明であるが、患者は前週、前々週ともに山岳歩行に従事していたとのこと。いずれの週末も1日30km以上の山岳歩行を行っており、疲労困憊の状況であったよう。

 また、30年ほど前の20歳代にも、右側第5胸椎領域の帯状疱疹を発症した既往があった(図4)。この際には、ほぼ1か月間連続して海に行き、連日小型帆船の操船業務に従事していたとのこと。患者は体力の限界を考慮せず行動する傾向が顕著で、学習能力には若干の欠陥があるものと思われ、発達障害を有する可能性も疑う必要があると考えられた。

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Day 3(木)

 抗ウィルス薬の内服を開始したにも関わらず、左側腰部の発疹の領域が拡大。下腹部から胸部にかけての疼痛が増加し、3秒に1回程度の頻度で電撃痛を自覚。(写真2)同日には間歇的に生じる疼痛のために、歩行が困難になっている。

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Day 4(金)

 この日は有給休暇を取得して休業。担当医から外出可能との示唆を得ていることもあり、症状が改善したならば、午後からでも外出しようと計画を進めていたが、寝台から起き上がることもならない状態で、終日ほぼ臥床の状態で過ごす。下腹部から胸部にかけての疼痛の発生頻度はさらに増加し、2秒に1回程度の電撃痛の発生を数えるようになる。左側腰部の発疹の領域もさらに拡大し、臀部にまで到る。(写真3)

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 電撃痛の強度は激烈で、郊外の害獣忌避のための200Vの電流に触れたときのようとのこと。なぜそのような表現が可能かは不明である。

Day 5(土)

 症状改善の際には何としてでも外出するつもりであったとのこと。しかし、早朝に胸部の電撃痛のために覚醒した後は、外出を諦めて終日臥床。正午前に近隣の商店まで食料品の購入のために外出したが、300mほど距離の店舗までの往復に15分ほどを要したとのこと。体位の変化に伴う筋の収縮に応じて電撃痛が発生するため、可及的に体位を変えないように臥床姿勢で終日過ごす。

 電撃痛の発生頻度は2秒に1回程度で前日からの変化はない。心窩部にも電撃痛が発生するようになり、狭心症の併発も疑ったとのこと。これまでの既往を確認したが、気のせいと思われる。

 左側腰部の発疹は発赤を強め、同部の表皮には軽度の麻痺を生じている。シャワーの際に、胸部が温められると神経痛様の電撃痛が軽減することに気がついたとのこと。(写真4)

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Day 6(日)

 日曜であったが、夜間も胸部の電撃痛の頻発のため十分に睡眠がとれず、終日、可及的に体位を変えないように臥床の状態で過ごした。ここに到り、ようやく外出は諦めた。電撃痛の発生頻度や範囲、疼痛の程度は前日から変化はない。左側腰部の発疹の状態にも変化はない。温浴により電撃痛が消退する傾向があるため、数回の温浴を行った。

Day 7(月)

 6:15に起床して出勤した。通勤の際の自動車の運転時に、電撃痛とともに足の筋肉が収縮してしまうため運転は危険であった。電撃痛の発生頻度は3秒に1回程度に減少したが、疼痛の範囲や程度には変化はない。業務従事中にも電撃痛は発生している。左側腰部の発疹の状態にも変化はなく、患部の表皮には麻痺が生じており、接触痛はほとんど自覚しない。

Day 8(火)

 6:15に起床して出勤した。電撃痛の発生頻度は4秒に1回程度まで減少した。疼痛の範囲や程度には変化はなく、依然として心窩部の疼痛も自覚する。この日から新たに下腹部皮膚の接触痛も自覚するようになった。前日までは、電撃痛の発生のために防御姿勢をとっていたため、歩行時には前傾していたが、この日からはほぼ正常な歩行姿勢をとることができるようになった。通常歩行速度は2秒/mと非常に低速となっている。

 左側腰部の発疹は痂皮に変化してきており、表皮には麻痺が生じている。(写真5)

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Day 9(水)5/27

 6:15に起床して出勤した。電撃痛の発生頻度は5秒に1回程度まで減少した。疼痛の範囲や程度には変化はなく、心窩部に疼痛が発生した際には防御姿勢をとってしまう。下腹部から前胸部の皮膚の接触痛は顕著になり、衣服が接触するだけで疼痛を自覚する。左側腰部の発疹は痂皮に変化し、発赤の範囲は縮小してきた。皮膚表面の鈍麻感は著しい。

 前日で抗ウイルス薬、神経障害性疼痛治療薬、ビタミンB12製剤の内服は終了している。解熱鎮痛剤のアセトアミノフェンもこれまで1日3回内服しているが、これは内服していないと著しい疼痛のために日常生活を営むことができないとのことで、さらに7日分追加の処方を行っている。

Day 16(木)6/3

 左側腰部の発疹は痂皮となり、発赤は消退した。電撃痛の発症はほとんど消退したとのこと。皮膚表面の鈍麻感は著しい。皮膚の掻痒感が強く、また皮膚掻把の後には遅延して強い疼痛が発生するとのこと。(写真6)

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 歩行姿勢はやや前傾をとっているが。通常歩行速度は1.5秒/mと低減したままとなっている。

 皮膚症状は比較的強く、掻痒感だけでなく、衣類やベルトの接触する部位には接触痛が生じるとのこと。

 解熱鎮痛剤の追加処方を提案したが、2週間以上の連用のために胃腸症状が強く発現したため、食欲低下が生じているとのことで、解熱鎮痛剤の処方は終えることとした。

 この日は、皮膚への抗炎症作用を期待して下記の軟膏の処方を実施した。

 レスタミンコーワクリーム1%(ジフェンヒドラミンクリーム、抗ヒスタミン外用塗布薬)10g×2 1日数回患部に塗布

 オイラックスHクリーム10%(クロタミトンクリーム)10g×3 1日数回患部に塗布

Day 30(木)6/17

 依然として、左側腰部の強い掻痒感は持続している。掻痒感のために、夜間しばしば中途覚醒を来すとのこと。皮膚掻把に引き続いて生じる疼痛も持続している。皮膚表面の麻痺も依然自覚するとのこと。

 歩行姿勢は正常となった。通常歩行速度は1.2秒/mとやや低値を示している。業務中に長時間立位姿勢を持続していると、腰部に疼痛を生じるとのこと。

 左側腰部の痂皮は瘢痕として残存しているのみである。(写真7)

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Day45(金)7/2

 歩行姿勢は正常で。通常歩行速度は1.0秒/mと正常値を示すようになった。長時間歩行をすると、腰部に疼痛を生じるとのこと。

 左側腰部の強い掻痒感は持続しており、朝晩に患部への軟膏の塗布を実施しているとのこと。また、掻痒感のための夜間中途覚醒はまだ生じているとのこと。帯状疱疹後神経痛は、この後もしばらくは持続するものと思われる。

 左側腰部の瘢痕はほぼ治癒を来している。(写真8)

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 いまだ、必要に応じて抗ヒスタミン薬軟膏等の処方は必要と判断されるが、治癒傾向に至ったと判断し、これにて定期的な観察を終えることとした。

 

考察

 今回は帯状疱疹の再発を生じた症例を経験した(図5)。いずれも、連日の長時間の山岳歩行や海上での操船操作という労作の後に発症しており、発症の契機として考えられるのは、過重な労作ではないかと推察される。

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 現在も宮崎県で継続して実施されている帯状疱疹に関する地域住民を対象としたコホート研究の結果を見てみると、20歳代での発症率は1~2%/年、50歳代では2%/年程度とされているため、これらの年代に発症および再発を来した本症例は、比較的まれな事例であると思われる。

 帯状疱疹は、潜伏感染中のVZVが再活性化し、潜伏した神経節から神経細胞を伝搬して増殖して神経の支配領域に一致した皮膚分節に発疹を形成することによって引き起こされる。潜伏感染したVZVの活性化が帯状疱疹の病理であり、宿主の免疫能の低下がその原因とされるが、ウイルスが再活性化する直接の原因は分からないことが多いとされている。しかしながら、(1)水痘の流行は冬に多く、帯状疱疹は冬に少なく夏に多いという鏡像の関係にあること、(2)2014年に36カ月までの小児を対象に水痘ワクチンが定期接種化されてから20~40歳代の子育て世代の発症が顕著に増加していること、(3)水痘患者や小児との頻繁な接触帯状疱疹の発症を減少することから、空気感染により伝搬する水痘に暴露されてVZVに対する免疫を増強する機会を喪失することがリスクとなり得ることを示している。水痘ワクチンが早期に導入された米国においては、1998年から2003年の間に水痘が79%減少したのに対して、帯状疱疹は90%増加したとの報告もなされている。

 米国においては帯状疱疹予防ワクチン(ZOSTAVAX)が以前より上市されており、2008年には60歳以上の成人に対して使用が推奨されている。我が国においては、2016年に水痘ワクチンが帯状疱疹の予防に適応を拡大し、任意接種の対象となった。また、2020年には組換え帯状疱疹ワクチンが発売されている。ただし、接種費用が数万円かかるところがネックとなっている。最近では、名古屋市において帯状疱疹ワクチンの半額助成制度が始まるなど、増加する帯状疱疹への対策に取り組む自治体も出てきた。

 帯状疱疹ワクチンは、発症抑制効果は50%程度と低いが、発症しても症状を軽く抑えられる可能性がある。50歳以上の帯状疱疹患者の約2割が、帯状疱疹後神経痛に悩まされるとされていることから、予防に積極的に取り組む必要があると思われる。

 

【Miyazakii抄訳】

 帯状疱疹になったんやって?毎週山登りゅしちょったって?毎週毎週遊んじょったんや。そんげ無茶をしたら病気になるに決まっちょるやろう。

  

  1. Toyama N, Shiraki K, Society of the Miyazaki Prefecture Dermatologists. ;Epidemiology of herpes zoster and its relationship to varicella in Japan: A 10-year survey of 48,388 herpes zoster cases in Miyazaki prefecture. J Med Virol. 81(12):2053-2058, 2009.
  2. 神谷、浅野、白木ら:帯状疱疹とその予防に関する考察、感染症誌、84、694-701、2010.
  3. Yih WK, Brooks DR, Lett SM, Jumaan AO, Zhang Z, Clements KM, Seward JF. The incidence of varicella and herpes zoster in Massachusetts as measured by the Behavioral Risk Factor Surveillance System (BRFSS) during a period of increasing varicella vaccine coverage, 1998-2003. BMC Public Health 16; 5:68, 2005.