はじめに
足関節靱帯損傷は、一般には捻挫とも呼ばれ、スポーツによる急性外傷としては最も頻度が高いものである1)。受傷後には、損傷組織周囲の疼痛や関節内の腫脹、熱感などの炎症所見に加え、関節可動域制限、筋力・筋機能低下、基本動作異常などの症状が生じる。
高い再発率を示し、重症度の高い障害を呈することや慢性足関節不安定症という後遺症が生じることもあり注意を要する。足関節靭帯損傷の部位としては、関節の可動性が外反よりも内反方向に高いことから、急激な内反によって外側にある前距腓靭帯などを損傷する内反捻挫が最も多いとされている。また、靭帯の損傷程度によって、次のように重症度を3つに分ける分類が用いられている2)。
1度:靱帯の微細損傷や軽度の圧痛にとどまるもの。当日もしくは2~3日で歩行や軽い走行も可能。
2度:靱帯の部分断裂が生じたもの。圧痛、腫脹が強く、2~3週間程度は歩けるが走れない。
3度:完全な靱帯断裂を生じたもの。圧痛、腫脹、熱感、皮下出血が強く、自力で歩行することも困難。
足関節捻挫を含む急性外傷に対する一般的な応急処置としては、「RICE」処置が推奨されている。RICEとはすなわち、R=REST(安静)受傷部位を動かさず、なるべく安静にする、I=ICE(冷やす)患部を氷や冷水などで冷やす、C=COMPRESSION(圧迫)患部の圧迫、E=ELEVATION(挙上)受傷部位を心臓よりも高い位置に挙げて血流の停滞を防ぐ、からなる処置である。
今回我々は、前距腓靭帯を損傷した内反捻挫において、早期にRICE処置を施し、漢方薬を併用した結果、受傷後6日目に運動復帰を可能とした症例を経験したので報告する。
症例と経過
症例は50歳代の男性。非喫煙者で、特記すべき基礎疾患はない。中肉中背の体格で、日常の運動量は週末に山岳歩行をする程度。これまでに骨粗鬆症やパーキンソン病などの運動障害に関連する疾患の既往はない。症例報告に際しては、研究報告の趣旨を説明し、文書によるインフォームドコンセントを得ている。
以下に、患者からの医療面接で得られた症状の経過および検査結果について記載する。
Day 0
当該患者が受傷したのは2021年7月17日のことである。同日午後1時に登山を終え、午後4時に下山路を歩行中に木製階段で右足を滑らせて転倒した際に、左足踵を中心に左足首を内反して受傷したとのこと。しばらく受傷場所近くの谷川に左足首を浸して冷却した後、疼痛が減弱したため、3kmほどの歩行を継続して同日予定していた宿泊施設に到着したとのこと。午後10時には受傷部位の腫脹と疼痛を生じ、歩行困難を自覚している。
Day 1
受傷翌日も、歩行困難な状態が持続したため、以後の計画は中止し、宿泊施設から直接帰宅し、安静としていたとのこと。自発痛はないものの、受傷部位の圧痛を呈していた。また、左側足首の幅径は反対側に比して10%程度の腫脹を呈していたとのことであった(写真1)。
同日は安静にし、受傷部位は高位に維持するよう努めていたとのことであった。
Day 2
某大学病院整形外科を受診した。受診時に独歩は可能であった。
医療面接の後、足関節レントゲンの一般撮影を実施した。撮影は前後像、側面像および斜位像では内旋および外旋にて実施している(写真2)。
また、同部は硬組織の形状が複雑で、像の重なりが頻発し、種子骨のような微小な硬組織の介在もあることから、Helical scanによるComputed Tomography(CT)の撮影も実施した(写真3)。
正面像および側面像、射位像において、骨折を疑わせる所見は認められなかった(写真4、5)。
CTによる断層像についても詳細な検討を行ったが、骨折は認められなかった(写真6)。
CTデータの3次元構築を行い、3次元的な構造に問題が生じていないか検討を実施したが、これについても特記事項は認められなかった(写真7)。
画像検査にて骨折に関しては著明なものは存在しないと判断された。また、圧痛を生じる部位から、左側前距腓靭帯の部分損傷が生じているものと判断された。
同日、治打撲一方エキス顆粒(ツムラ)1回1包毎食前×7日分およびケトプロフェン貼付剤40mg(モーラステープL40mg)1日1回2枚ずつ×7日分の処方を行い、経過観察を行うこととした。
Day 3
ケトプロフェン貼付剤の貼付(写真8、9)と治打撲一方エキス顆粒(写真10)の内服を継続している。また、自宅においては可及的に患部の挙上位をとるようにしている(写真11)。
Day 6
早期リハビリテーションを開始し、20km程度の歩行を実施している。歩行後には1時間程度の温浴を実施している(写真12)。
Day 7
早期リハビリテーションとして10km程度の歩行を実施した。歩行後には1時間程度の温浴を実施した。
Day 8
早期リハビリテーションとして15km程度の歩行を実施した。歩行後には1時間程度の炭酸泉の温浴を実施した。
Day 9
早期リハビリテーション後の経過観察のための診察を実施した。左側足首の腫脹は消退している。前距腓靭帯部分には軽度の圧痛を認め、軽度の炎症の残存が疑われる。
日常生活には支障のないところまで治癒をみたため、可及的に安静を図るように指導するとともに、ケトプロフェン貼付剤の貼付と治打撲一方エキス顆粒の内服を1週間継続することとし、終診とした。(写真13)
考察
急性足関節捻挫の治療目標は、早期復帰と再発予防である。このためには早急に炎症症状を除去することが重要で、今回の症例においては受傷直後からRICE処置を実施していたことが良好な結果につながったのかもしれない。ただし、RICE処置の是非についてはいまだ評価が定まらないこともあり、これのみに急性期の処置を依存するのは賢明ではない3)。
本症例においては、画像診断を行い、骨折の有無について詳細に検討を行ったことが早期の動的なリハビリテーションにつながった要因と考えられる。当該部位の硬組織および軟組織の解剖は極めて複雑であり、多面的な画像診断が重要である。また下肢を専門領域とする整形外科医に読影を依頼できたことも、その後の治療の方針を決定する上で重要であった。
今回の症例においては漢方を応用したことも特記すべき点である。処方した治打撲一方は川芎、撲樕、川骨、桂皮、甘草、丁子、大黄からなる我が国で開発された漢方薬で、外傷に伴う腫脹や疼痛に対する有効性が示されている4)。外傷に対する鎮痛剤としてはNSAIDsが頻用されているが、消化器症状などの副作用を伴うこともあり、長期処方にはためらうところがある。その点については、治打撲一方には顕著な副作用を呈する可能性は低く、処方しやすい薬剤であったと思われる。
抄録(Miyazakii訳)
山登りん途中で足をくじいたんでん。骨ば折らんでよかった。もう年やかぃ無理はせんほうがいいちゃ。
参考文献:
- Fong DT, Hong Y, Chan LK, Yung PS, and Chan KM. : A systematic review on ankle injury and ankle sprain in sports. Sports Med, 37 (1) : 73-94, 2007.
- 小林 匠:足関節捻挫の病態と治療.日本アスレティックトレーニング学会誌、3、2、117-126、2018.
- Kaminski TW, Hertel J, Amendola N, Docherty CL, Dolan MG, Hopkins JT, Nussbaum E, Poppy W, Richie D, National Athletic Trainers' Association. National Athletic Trainers' Association position statement: conservative management and prevention of ankle sprains in athletes. J Athl Train, 48(4): 528-545, 2013.
- 長谷川 秀、奥本 克己、大田 和貴、植田 裕、伊東山 剛、三浦 正毅.外傷・術後腫脹に対する治打撲一方の治療効果、脳神経外科と漢方、2:25–29、2016.