とりあえず、歩くか。晴れた日は星空の下で寝るのもいい。

週末の九州自然歩道のトレッキングや日常の雑感です。英語版のトレッキングログもこちら https://nayutakun.hatenadiary.com/  で公開しています。

自然歩道ウォーカーの休日 下ノ廊下

 今週末の自然歩道歩きはお休み。かわりに少し長めの休みをとって、弟と一緒に下ノ廊下(しものろうか)に行こうということになった。

 下ノ廊下とは、黒部川の上流域にある黒部ダムと黒部第4発電所のある仙人谷ダムの間の17kmほどのトレッキングコースのこと。いや、トレッキングコースという言い方では語弊があるかもしれない。もともとは1920年代に、当時の日本電力水力発電所の調査と建設のために付けられた道で、旧日電歩道とも呼ばれるチャレンジングなコース。

 仙人谷ダムからトロッコ列車の終着駅のある欅平までの13kmは水平歩道と呼ばれるルートで、こちらも1920年代に富山で設立された東洋アルミニウム水力発電用ダムの調査のために付けられた道である。

 なぜ道を建設することをここで「道を付けた」と、わざわざ言うかというと、岩山の岸壁を一人がようやく歩ける程度削り取って、まさに道を付けたから。これは後段で写真を見てもらったらわかるはず。

 下ノ廊下は西を剱岳立山、東を唐松岳鹿島槍ヶ岳といった北アルプスの主稜線に挟まれた黒部渓谷の切り立った崖に付けられたかつての資材運搬のための道をたどるコースで、旧日電歩道、水平歩道ともにエスケープルートが事実上ないことから、黒部ダム欅平の間を歩くことを下ノ廊下に行ってくると言うことが多いようだ。

 今回は10月24日の午前2時前に長野県にある弟の山小屋を自動車で出発。150kmほどの道のりを順調に進み、午前4時に信濃大町駅前に到着。朝食と昼食を近隣のコンビニで購入し、駅前駐車場に自動車を停めてしばらく仮眠。天気予報を見ると黒部は雨。うーむ、心配だ。

JR大糸線信濃大町駅

 あたりがようやく明るくなりかけた6:15に大町駅前からアルピコ交通扇沢線の始発バスに乗車して6:50に扇沢駅に到着。駅の1階で電気バスの乗車券をWEB発券して、駅の2階にある出発ロビーで発車時間を待つ。出発ロビーには登山の装備を背負った人たちがぞくぞくと集まってきた。ロビーには黒部ダムのリアルタイム映像が流れているが、雨が降っている。ダムの向こうの山にはすでに雪が積もっている。不安な気持ちが高まってきた。始発の電気バスに乗車したのは30名ほどだったろうか。

大町駅からアルピコ交通扇沢線バスに乗車

発車時刻の10分ほど前に改札が始まる

 7:30に扇沢を出発したバスは7:46に黒部ダムに到着した。数名の観光客らしき人たちはダムに向かうが、大多数のザックを担いだ人たちは真っ直ぐ奥に進んでいく。その先の登山者出口と矢印のあるドアからザック組は外に出て行く。外はみぞれ交じりの雨。寒い。ほとんどの人はザックにレインカバーを装着し、レインジャケットを着けてから外に進んでいる。

黒部ダム駅に到着

登山者出口はトンネルの先

外に出ると荘厳な風景

 自分は雨がすぐに止みそうな予感がして、ドアから出ると7:51に雨具を着けずに歩き始めた。黒部ダムの周囲の山は雪で白く変わっている。木々は見事な黄葉。上部には雪を頂いた山が雨に煙り、荘厳な雰囲気を醸し出している。BGMにはワーグナーが合いそうな。

ダム直下に向かって下る

 よく整備された砂利道を、スイッチバックを繰り返して黒部川の水面に向かって進む。歩き始めたときからすでに黒部川の水音が聞こえていた。8:14に黒部川の水面近くまで来たときには運良く雨は止んでいた。

ほどなく黒部川が見えてくる

 ダムの直下を木橋で渡河した。黒部川の水量は多かった。黒部ダムの方を振り返ると、10月15日には観光放水が終わっているはずなのに、なぜか豪快に放水していた。これからの2日間を祝ってくれたような気がして嬉しかった。

運良く黒部ダムが放水中

 すっかり秋の景色に変わった黒部川の左岸を進む。最初は広葉樹の中を黒部川沿いに進んでいたが、ところどころに木道が出てきた。さらに両岸の岩がせり出してきて、歩行路が水面から離れてきた。黒部川は渦巻きながらすごい勢いで下流に流れていく。9:05に内蔵助谷との出合に到着した。

黒部川左岸を進む。正面には大タテガビン。

内蔵助谷出合

 この辺りから峡谷は一気に幅が狭くなる。対岸に見える沢が鳴沢小沢か。立派な滝となっている。

鳴沢小沢

 9:30ぐらいから狭い谷の間から青空が見えてきた。再び黒部川近くを歩く。対岸には巨大な雪渓が残っているのが見える。雪渓と黄葉と青空のコントラストが素晴らしい。

 別山谷が近づくにつれて、歩道横の残雪が増えてきた。黒部川の両岸にも雪が残っている。このあたりが最後まで開通しなかった部分だろうか。

残雪が増えてきた

 別山南峰の足元の岩壁を削った歩道にとりつく。油断すると飛び出た岩壁にヘルメットをぶつけてしまう。ところどころ木道が架けてあるが、宙に浮いている。黒部川までの高度はないので怖さは感じないが、振り向くとザックが岩壁に当たって身体が前につんのめる。

 岩壁に固定された太い番線を左手に感じながら先に進む。前方の黒部川本流の上には大きな残雪の塊が見えてきた。残雪には水流で開けられたトンネルが開口している。ラフトで下ったらどんな気分がするだろうかと想像するが、実行しない方が身のためだろう。

黒部川が残雪で覆われている

 本流が完全に雪に埋まっている。夏を越した雪がこんなに大量に残っているとは。今晩にはすでに雪の天気予報となっている。来年の春にはどんな具合になっているのか想像も付かない。

 10:45にイチロー沢のスノーブリッジが見えてきた。コースの上にトンネル状に残った残雪の高さは10mを越える。トンネルの上の壁からは雨のように水がしたたり落ちている。危険を感じたら上に巻くようにロープがつけてあるが、あと数日は崩れることもなさそう。冷気のトンネルの中を無事に通過した。

 岩に沿って黒部川を眺めながら進むと、大ヘツリの岩壁に到着。ここは4段ほどの木製の階段で30mほどの高さに巻く。もともとは岩壁に木道を掛けているようなのだが、雪で落ちてしまうのだろう。頑張れば越せそうな距離だが、しっかりと固定された階段を使わせてもらうことにした。それにしてもこんな大変な整備をよくしてくれたものだ。感謝しかない。

 そのまま岩壁に付けられた道を残雪を眺めながら歩き、11:14に別山谷出合に到着。少し時間は早いが、この先には広い平らな場所はなさそうな気がする。サーモスに入れたお湯を使って、カップヌードルとおにぎりの昼食とした。

別山谷出合

 11:28に昼食を終えて行動再開。岩壁を穿った歩道だが、番線がしっかり固定されているため不安はない。切り立った岩壁に囲まれた川の水は美しい碧。岩の下流部分の水面には、イワナと思われる20~30cmぐらいの影が数匹ゆらりゆらりと揺れている。

ルートには番線(針金)が設置されているので危険は感じない

流れの緩やかなところにはイワナの黒い背中が動くのが見える

 この辺りの谷は両側ともに急峻で、川幅は狭い。水流は激しく、落ちたらあっという間に流されそうだ。ただし足元の歩道はしっかりしており、恐怖感はない。濡れた石に足を滑らせなければ大丈夫だ。

 12:01に白竜峡を進む。このあたりは川幅の最も狭い部分。水の音は激しい。対岸から岩壁を伝わって流れてくる水流も見事な情景。

白竜峡

 この辺りから少しずつ高度を上げながら進む。依然として右手は切り立っているはずだが、草や低木が生えているため、高所を歩いている気分がしない。両側の谷の植物は美しく黄葉している。

 白竜峡から1時間ほど歩き、歩道から少し高度を下げたところの分岐点で休憩中の4人組の男性と行き会う。男性の一人は右手の茂みから空荷で登ってきた。十字峡のビューポイントがこの下にあるという。滑るから気をつけてとのアドバイスをもらい、ザックを下ろして50mほどの高度差を下りて石の上に登ると目の前に十字峡。黒部川の本流に西の剱沢と東の棒小屋沢からの流れが十字を描くように交わるところ。こういう地形は珍しいのだそうだ。

十字峡

 満足して上まで戻り、ザックを担いで先に進む。13:06に十字峡の上に架かる吊り橋の上を通過。さきほど50mの高度差を下りて見たものとあまり変わらない光景を橋の上から眺めることができた。体力を温存しておいた方がよかったかと若干後悔した。

十字峡を吊橋で渡る

 この先はいったん樹林の中を高度を上げながら進む。ところどころ岩壁の歩道が出てくるが、整備状況は非常に良好。ところどころで木々の間から黒部川の美しい流れを堪能することができる。

十字峡からは高度を上げる

 この後は、14:09に半月峡、14:11にS字峡あたりを通過。どこもかしこも美しすぎて、先に進みたくなくなるぐらい。ただし、岩には何度も頭を打ち付けてしまうので、ヘルメットのベルトはしっかり締めておく必要がある。

半月峡

S字峡

 S字峡あたりは黒部川までの高低差はずいぶんあり、川面はずいぶん下に見える。黒部川と山々の黄葉を楽しみながら進んでいると、岩壁の上部から大雨のように水が落下してくる部分があった。後ろから同行している弟が呼び止める。ザックから折りたたみ傘を取り出して渡された。快適に通過することができた。ネタのために持ってきたそうだ。

岩壁から落ちてくる滝のような水を傘で受け止めて通過

 対岸の前方の山腹に白い一対の人工物が見えてきた。捕食中のクリオネのような顔の口の部分から電線が伸びている。近づいてみてみると、黒四発電所と書いてある。ダムの水流をここまで送って発電しているのだろう。

 そこから高度を下げて黒部川が近づいてくる。長い吊り橋で、東谷吊り橋。これを渡って右岸の覆道を進む。

東谷吊橋

 覆道の先は林道となっており、自動車の轍が付いている。川の色が青緑に変わり、仙人谷ダムが現れた。このあたりから雨が強くなってきた。

仙人谷ダム

ダム直下には黒四発電所の排水が滝のように流れる

 15:10ごろに指示標に従ってダムの上部を進んで左岸に渡り、仙人谷ダム管理所のドアを開けて内部に進む。かまぼこ状の通路を進んだ先にはトロッコのレールの敷設してある幅2.5mほどのトンネルになるが、ここが熱く、湿気がものすごい。ここでの作業は大変だろう。

関電人見平宿舎を通過させてもらう

ロッコの通過する高熱隧道

 高熱隧道もかくあったのかと思いながら先に進むと、その先は金網で覆われた覆道となる。

 関電人見平宿舎の外に出ると、その先は標高差150mほどのきつい上りが待っていた。これが権現峠。さらに1kmほど水平な道を歩く。右矢印の指示に従って進むと、今度は一気に150mほどの下り。これが阿曽原峠。木々の間から小屋の屋根が見えてきた。本日宿泊の阿曽原温泉小屋には16:08に到着して行動終了とした。

権現峠の上り

阿曽原峠を下る

阿曽原温泉小屋

12畳ほどの部屋が4つあり、各部屋に12人ほどが宿泊。

天気の悪い本日はテント場も空いている

夕食はスタッフの大仏さんの手になる名物のカレー

 翌10月25日は5:00ごろに目を覚ました。昨夜から4:30に出発するといっていた同部屋のグループはすでに布団の中にはいない。

 6:00から朝食時間。朝食を摂る人は少ないようで、60人ほど宿泊していた昨夜の夕食は2交代だったが、朝食は1回で、しかも全部で10人ほど。昨夜から弁当を作ってもらっていた方もいたようだ。

 朝食を摂りながら天気を確認。昨日と打って変わって、本日は晴れ。気温は-1/7℃。部屋に戻って歯磨きを済ませ、出発の準備を整える。

 7:08に小屋のスタッフと挨拶を交わして行動開始。宿泊客の中ではほとんど最後だった。テントサイトに昨日は20張ぐらいあったテントは、すでにすべて撤収されている。阿曽原温泉小屋とずいぶん下を流れる温泉の湯煙をみながら、ゴールの欅平方面に出発した。

2日目は青空が拡がる

テントサイトはすべて撤収後

 見上げると山の上の方にようやく日が差してきた。空は真っ青。いい一日になりそうだ。

阿曽原温泉小屋を出発。かなり下方に見える煙のあたりが温泉で、小屋からは10分近く下る。

 まずは100mほど高度を上げて水平な歩道に入る。道沿いの木々の根元がUの字に曲がっているのが特徴的。冬期の雪の重みでこうなるのだろう。広葉樹の中の心地よい道をのんびりと進む。

まずは坂道を登ってウォーミングアップ

木々は根元からU字に曲がる

 しばらくは危ないところはなく、ところどころ石を穿った歩道に番線が張ってある程度。木々の間から先のコースが見えてきた。山腹をまっすぐ一本の線が走る。まさに水平歩道だ。

この番線が心強い

 カーブを曲がった先は、右手が垂直に落ちた崖になった。ただし、この辺りは崖の面にも植物が着いているため危険な感じはしない。滑ったり、転んだりしなければ大丈夫だ。日差しは谷の真ん中あたりまで差し込んできて、黄葉と空の色のコントラストが美しい。

コースに植物が見えると恐怖感がなくなる

向かい側の谷には真一文字に削られた水平歩道が見える

 水平歩道の途中に水量の多い滝が流れ落ちている。ここがオリオ谷かと思ったが、まだトンネルがない。さらに番線をつかみながら先に進むと、砂防ダムが見えてきた。幅10mぐらいの水流が砂防ダムの上を流れている。

折尾谷

折尾谷は砂防ダムの下の短いトンネルをくぐる

 9:13に砂防ダムの脇からトンネルに入り、反対側に抜ける。ヘッドライトを出すまでもなく反対側からの明かりが見える。トンネルを抜けたところで来た道を振り返ると、ほぼ垂直な岩に一直線に付けられた歩道だったことが分かる。歩いていたときには危険な香りはまったくしなかったが。

 わずかに上り、水平な道を進む。谷を挟んだ反対側の歩道の軌跡は見事な一直線。1920年代にこんな見事な作業をしたとは驚き。

水平歩道

 この先は、アップダウンはないものの、岩をくりぬいた見事な歩道が続く。ヘッドクリアランスが低く、何度かヘルメットをぶつけてしまった。右手は100mほども垂直落ちた崖のはずだが、植物でカバーされているため不思議と恐怖感は湧かない。ときおり顔を覗かせる黒部川はずいぶん下を流れている。正面には標高1543mの奥鐘山が厳然と聳えている。

頭上注意

 この辺りは花崗岩をくり抜いた歩道で、非常に美しい。ただし頭上注意である。岩壁には水平に、ズーッと向こうまで道が続いている。足下100mは垂直に落ちているだろう。川の音もほとんど聞こえなくなってきている。頭上でなく小鳥の囀りの方が大きく聞こえる。

 10:54には太太鼓と呼ばれる白い花崗岩の水平歩道を通過。ここからの景色は素晴らしい。前を遮るものは何もない。青い空と、黄葉の山だけが見える。

大太鼓

 大太鼓を通過した先の志合(しあい)谷には雪がずいぶんと残っている。残雪の多いこの谷はトンネルで通過する。ここは長いトンネル。100mはあろうか。照明はなく、ライトは必須。くるぶしを越えるほどの水も溜まっている。トンネルの中で2回ほど思い切り頭をぶつけながら11:07に志合谷トンネルを通過した。

志合谷には雪が残る

トンネルは100m以上あり、くるぶしほどの水が溜まっている

 この先も石を水平に穿った歩道が続く。谷底は依然としてずいぶん下に見える。

 12:07に蜆谷トンネルを通過。奥鐘山の垂直な壁が眼前に迫ってくる。さらに1kmほど水平歩道を歩き、高圧線の鉄塔を過ぎたあたりから下りに変わる。振り返ると白馬岳などの北アルプスの山々が頂に雪を乗せて輝いている。

クマの糞を発見

 最後に標高差200mほどを下り、14:10に黒部峡谷鉄道欅平駅に到着して行動終了。今年は10月半ばまで残雪のために開通せず、無理かと諦めかけていた下ノ廊下だったが、夢が叶って大満足だった。幸運を与えてくれた神様と仕事仲間に感謝。

欅平への最後の下り

欅平登山口

ビジターセンター

2022年10月24~25日 下ノ廊下(富山県中新川郡立山町黒部ダム富山県黒部市欅平) 曇りときどき雨、晴れ 6/0℃、-1/7℃ 行動距離18.4+12.2km 行動時間8:02+6:42 獲得高度3910m 39145+25946歩 行動中飲水量700+200ml

往路交通:10月21日福岡空港18:30ANA3866-中部国際空港19:50~自動車~10月24日信濃大町駅6:15アルピコ交通バス扇沢線-扇沢駅6:50/7:30電気バス-黒部ダム7:46

復路交通:10月25日欅平14:53黒部峡谷鉄道普通車-宇奈月15:10/宇奈月温泉15:46富山地鉄本線-新黒部16:09/黒部宇奈月温泉16:46新幹線はくたか570号-長野17:33/18:11しなの24号-松本19:06/19:11大糸線信濃大町20:06~自動車~10月28日中部国際空港18:00-福岡空港19:25