もうずいぶん前のことになるが、自宅の裏庭のミツマタが突然倒れた。
毎年2月頃の山野の寂しい時期に、黄色く可愛らしい花で庭を彩ってくれていた木だったが、8月のある日に出張から帰ってみると無残な姿だった。倒れる方向が悪ければ窓ガラスが割れていたかもしれないが、そこは幸い。
知人の造園業の方に尋ねてみると、おそらく原因はカミキリムシの幼虫のテッポウムシだろうとのこと。20年ぐらいでやられてしまうミツマタが多いらしい。幹に穴が空いているはずだという。確かにそのとおり。
庭にはやはりシンボルツリーになるものがないと寂しい。先の造園業の方に聞いてみると、ヤマボウシだとかモミジだとかを勧めてくれるが、いま一歩ピンとこない。そのまましばらく放っておいたが、翌年の9月ぐらいに近くの園芸店でめずらしくスダチの苗が入荷しているのが目に飛び込んだ。さっそく1mほどの大きさの苗木を買い、ミツマタの後に植えてみた。
庭の痩せた土になじんでくれ、翌年の3月ぐらいから新しい緑の葉がつき始めて、成長を楽しみにしていた。ところがある朝、葉がほとんどすべてなくなっているのに気がついた。よく見ると、大きな青虫が一匹、ムシャムシャと元気よく最後の1枚の葉を食べ終えるところだった。
昆虫を専門にしている友人に聞いてみた。アゲハチョウの幼虫はミカン科の葉が大好物だとのこと。なるほど、いかにも美味しそうに頬張っていたはずだ。
スダチ(Citrus aurantium、シノニムCitrus sudachi)はミカン科の常緑低木。徳島の特産品として知られており、98%が徳島県で生産されている。名前の由来は、酢として使われる橘の意で酢橘(すたちばな)。転じてスダチと呼ばれるようになった。
我が家のスダチは、初年は葉をほとんど青虫に食べられてしまい、あわや枯死の危機かと危ぶんでいたが、翌年はなんとか元気を取り戻し、青虫に食べられる以上の葉を付けることができた。そして、苗を植えて3年目の2021年5月に初めて白い花を咲かせてくれ、8月には立派な第一号の果実を実らせている。
今年はいくつもの果実をつけ、9月には七輪で焼いたサンマに絞るなど、豊かな香りを楽しませてくれる食卓のレギュラーメンバーになっていた。
果実の時期から半年近くも経過し、最低気温3℃まで下がった今朝、結露に曇った窓の外をのぞいてみると、スダチの木にオレンジ色の果実が残っている。昨秋の収穫のときに見逃した果実があったようだ。鳥につつかれたような傷もほとんどなく、上品のまま。今晩は湯豆腐でも作って、スダチらしからぬ色に変身した果実の香りを楽しもうかと思っている。