とりあえず、歩くか。晴れた日は星空の下で寝るのもいい。

週末の九州自然歩道のトレッキングや日常の雑感です。英語版のトレッキングログもこちら https://nayutakun.hatenadiary.com/  で公開しています。

五代目 江戸家猫八

 寄席で初めてその姿を見たのは2015年頃。池袋演芸場だったような気がするが、どこの寄席だったかハッキリとは思い出せない。紺色のブレザーに白いパンツ。ヒゲの剃り跡の残る顔に、赤いネクタイをキリッと締めた営業マンのような男性が、肘を軽く曲げた駆け足の姿勢で舞台の中央に現れた。

 舞台袖のめくり(名前の札)は小猫だった。まずはウグイス。テレビで何回も見ていた先代のウグイスと変わらぬいい声だった。

 軽妙な動物談義のあとの次のネタはアルパカ。引っ張りに引っ張って、いつ鳴くかと思って出た声のあっけなさに、会場は大爆笑だった。

 次はワオキツネザル。そして最後は、これまた動物の蘊蓄をたっぷりと語ったあとで、ヌー。「ヌーって、あのアフリカの大地を集団で大移動して、決死の覚悟で川を渡ったりするあの動物だろ?」と思いながらも、その博識ぶりに感心した。最後には、拍子抜けするような鳴き声で再び会場は大爆笑に包まれた。

 芸人とは思えないような生真面目そうな風貌で、ニコリとも表情を変えないままで会場を沸かせる技術に惚れ惚れした。

 ものまねの名門の江戸家に生まれながら、実父の先代に入門したのは三十路過ぎと遅い。そして父がかつて名乗った小猫を襲名したのは2011年。高校3年の時にネフローゼという腎臓の難病に罹り、10年以上闘病を続けていたからだという。見かけ以上に苦労人で、そして努力家。

 上野鈴本演芸場で2023年3月21日から10日間の日程で五代目猫八の襲名興業をするちょうどそのタイミングで東京出張があった。仕事を終えて上野に駆けつけた。襲名披露の口上に間に合った。よかった。

 東京の寄席では落語以外の芸を色物という。寄席の看板も、落語の演者は黒字で、他の芸の演者は赤い字で書くという決まりがある。どちらかというと、落語を聞きに来たお客さんに、ホッと肩の力を抜いてもらう口直しのような役割が色物には求められている。色物がトリを務めるのはこれまで見たことがない。

 ところが本日の主役は色物のものまね 五代目江戸家猫八。口上の舞台の右を固めるのはキリッとした着物美人の立花家橘之助師匠。浮世節(三味線声曲)で鍛えた声で、彼女の師匠の三遊亭圓歌、先代の猫八とのつながりを含め、見事な口上を披露してくれる。

 主役の左に座るのは、これも色物の紙切り林家正楽師匠。いつもどおりのぼんやりとした声でなんとか口上を述べる。自分の舞台では、ボソボソと一言二言しか喋らないので、これでも大健闘。いままでこんなに喋ったのは見たことがない。襲名披露口上の舞台は温かい雰囲気に包まれていた。

 トリの五代目江戸家猫八は、見事に会場を沸かせてくれた。襲名披露初日の3月21日は父であり先代の四代目の命日だった。