とりあえず、歩くか。晴れた日は星空の下で寝るのもいい。

週末の九州自然歩道のトレッキングや日常の雑感です。英語版のトレッキングログもこちら https://nayutakun.hatenadiary.com/  で公開しています。

近畿自然歩道16日目(通算269日) 兵庫県豊岡市竹野〜豊岡市城崎温泉 城崎にて

 本日は香住の宿で4:00に目を覚ました。雨音が聞こえる。とうとう3日とも雨かと、少し悲しい気持ちになる。雨対策のパッキングをして玄関でトレッキングシューズの紐を締める。宿のおばちゃんが出てきて、「おおきにな。気をつけてな。」と言ってあめちゃんを渡してくれた。ていねいに、雨の降る中を送り出してくれた。少し元気になった。

日の出の前に家を出る

おばちゃんのあめちゃん。ここは大阪の勢力下か。

 山陰本線は香住を定刻の6:35に発車。口に入れたあめちゃんがちょうど溶けおわったころ、竹野には6:56に到着。小雨が降っている。

竹野では山陰本線の上下列車が待ち合わせ

竹野駅を出たときにはパラリと降る程度

 西の空が明るいので、雨具をつけないまま行動開始。残念ながら7:05に竹野新橋を渡る頃には本格的に降ってきたためローソンで休憩とした。

竹野庁舎横を通過

竹野新橋を渡る

竹野川

 イートインで外を眺めながら朝食をとる。20分ほどで小降りになってきたため、行動再開。迷路のような竹野の町の中を進む。

竹野の町に進む

町中は迷路

消防法は大丈夫か?

焼杉の壁板は耐火性があるというが

迷う。

 ダウンジャケットを少し湿らせながら7:39に竹野浜に出た。雨は大したことはないが、風が強い。篭島が白い波に飲み込まれている。

竹野浜

砂浜にポツンと一軒家

向こうには猫崎半島

猫崎半島の陰を過ぎると波風が強い

 砂浜を歩いて7:50に県道11号線に合流。東に進む。歩道はない。幸い交通量は少ないが、波の音が大きく、風も強いため、後方から自動車が来ても気が付かない。自動車は大きく回り込んで避けてくれるが、海側のガードレール沿いは風で飛ばされそうで怖くて歩けない。

県道11号線の眺めは最高

篭島にドッカーンと波がぶつかる

道路まで潮水が飛んでくる

あまり海側に近づくと飛ばされそう

 県道はじわじわと高度を上げていく。傾斜が45°を越えるような、斜面を削り取った舗装路が続く。眺めは良いが、遥か下の海岸に打ち寄せる波の音は、聞いていると怖くなるほど大きい。

怖いほどだが、きれい

 8:20に最初の小集落宇日(うい)を通過。ここまで、雨は降ったり止んだりをくりかえしている。

宇日を通過

 さらに断崖の道は続く。振り返ると、一昨年歩いた下の廊下のよう。こちらは舗装路だが。

振り返ったこの景色は黒部渓谷の下の廊下のよう

海の色も黒部川を思い出す

 県道を離れて田久日の集落に下る。焼杉の壁板の家が、額を寄せるように立ち並んでいる。どの家も手入れされていて、朽ち落ちたような家はない。こんな厳しい自然の中によく暮らしているものだと感心する。自販機が1台。商店はないようだ。

県道から離れて田久日集落を覗いてみる

港口には激しい波が打ち寄せる

田久日のメインストリート

 集落を端から端まで歩き、再び県道に戻る。平家の里と小さな看板が出ている。本当にそうだろう。立派な県道ができるまでは、周辺の町に行くには後背の山をいくつも越えるか、船で町に行くかのどちらかしかなかったはずだ。

狭い谷間に額を寄せ合うような家並みが続く

平家の里

集落全景

地図を見ると海の反対の南側にはこんな山がいくつも続いている

 県道を上り、見晴らしの良いとこをまで行くと才の神古墳の碑が立っていた。古代の遺跡の跡。そして、平家の集落の見張り台があったようだ。ちょうど雨も上がったようだ。義経が攻めて来ないか見張りをしながら休憩をとることにした。

多久日を見下ろす位置に立つ才の神古墳の碑

ここで小休止

多久日を振り返るとすでに岬の陰に隠れている

 この先も眺めの良い道が続く。ここまでの山陰の海岸沿いの道と比べても、県道11号線はずいぶんと眺めが良い。斜面に背の高い木が生えていないからだ。それほどまでに風が強いのかもしれない。

丹後の経ヶ岬まで見えてきた

それにしても厳しい地形だ

竹野を離れて城崎エリアに入る

 10:00に北胆海岸道路開通記念碑を通過。裏側にこの県道が整備された経緯が書いてある。陸上自衛隊が道路の整備を行い、昭和37年に開通したそうだ。やはりそれまでは、集落の補給路は山越えだったのか。大変な状況だったろう。学校はどうしたんだ?

北胆海岸道路開通記念碑

 城崎カンツリークラブを通過してからは次第に高度を下げていく。途中の展望台で崖に向かって大きなレンズを据えている男性が2人いる。聞くと、崖につがいのハヤブサが営巣しているようだ。なかなか姿を現さないという。

この崖にハヤブサが営巣しているようだ

城崎マリンワールドから日和山海岸経ヶ岬まで一望

 坂を下り、トンネルをくぐって、10:30に城崎マリンワールドに到着。観光客が多い。しばらく日和山海岸の景色を楽しむ。

県道11号線はこのカーブの先で終点

トンネルをくぐると城崎マリンワールド

城崎マリンワールドと後ろにはホテル金波楼

絵画のような

後ヶ島

 県道を離れて瀬戸の集落の中を進む。対岸の津居山との間には瀬戸川が流れている。小さな橋を渡って津居山の家並みを歩く。

瀬戸集落。対岸は津居山。

瀬戸川を渡ってみる

こんな家にしばらく住んでみたいな

港橋の向こうは津居山漁港

 港橋を渡り、10:57に津居山漁港に到着。ここでしばし休憩。カモメが周りに集まってきた。パンが欲しかったのかもしれない。

津居山漁港のカニ船団

パンを取り出すと鳥が集まってくる

 15分ほどで歩き始める。県道3号線を進むが、歩道がない。狭い道をマリンワールドに向かう車やバスが盛んに行き交う危険な道路。他に選択肢はないが、できれば歩きたくない。

県道3号線を歩き始める

 11:23に港大橋を通過。円山川にかかる橋だ。この辺りは道路が直線で、車の速度が速く、歩道がないため歩くには危険なレベル。

港大橋

歩道がない

路側帯も狭く危険

 なんとか無事に11:55に城崎温泉の大谷川にかかる大谷橋についた時にはホッとした。本当に、県道3号線の瀬戸から城崎温泉は、歩くのは危険すぎる。

城崎温泉に向けて円山川に架橋中

温泉街の入口の大谷橋にようやく到着

落ち着いた町並みの城崎温泉

 地蔵湯の脇を通過して、城崎文芸館の横から大師山に向かう山道に取り掛かる。コースはわかりやすい。12:18に城崎温泉全体が見渡せる愛宕神社に到着。先に進む。

城崎文芸館

文芸館の裏手から山道に取り付く

城崎温泉を俯瞰する

 道沿いにはたくさんの仏様が並んでいる。踏み跡もしっかりついており、みんなに愛されている山だとわかる。12:56に大師山ロープウェイ駅に到着。ここも景色が良い。

大師山への道はよく整備されている

名前の由来どおりか石像が山道に沿って立ち並ぶ

城崎ロープウェイ大師山駅

 この先はアップダウンの少ない快適な林道。ロープウェイの管理に使っているのだろう。車の轍が砂利を敷いた道にしっかりついている。

快適な林道を進む

 13:26に来日岳の分岐を右折。ここからは下り。ところどころ舗装されている。シカがしきりに鳴いている。谷川に沿った道は冷え込んでいる。

来日岳の分岐を右折して下っていく

 13:53に県道9号線に合流。右折して城崎温泉に向かう。13:39に志賀直哉の「城崎にて」に出てくる桑の木を通過。中学校の頃読んだが、そのくだりは覚えていないな。

県道9号線に合流

道路沿いに残る桑の木

 湯島跨線橋を越えて、14:16に城崎国際アートセンター前を通過。中身も気になるが、今回はパス。前もって予習しておけばよかった。

湯島跨線橋からトンネルを抜けた山陰本線の線路が見えてきた

特急はまかぜが通過していった

城崎国際アートセンター

 ここからはホテルや旅館の立ち並ぶ温泉街。川を挟んで、両側に遊歩道。観光客がそぞろ歩く。

温泉街に出てきた

薬師源泉

 14:32に温泉寺にお参りしてから、城崎温泉で一番人気だという御所の湯に14:40に到着。入り口に行列ができている。なんと、入湯の順番待ちだという。待ち時間を聞いたら30分ほど待つだろうとのこと。

温泉寺

御所の湯

 列の最後尾に並んで待つこととした。意外と早く列が進み、15分ほどで入場できた。しかし、御所の湯は並んだ甲斐があった。露天風呂のみのシンプルな構造だが、山から湯が流れ落ちてくる風景が素晴らしかった。

 温泉を堪能して16:00に行動再開。お隣の四所神社にお参りしてから、16:18に城崎温泉駅に到着して行動終了。

四所神社

一の湯

駅前通

美味しそうだけど、ちょっと手が出ない

駅前の飲用泉

下駄奉納

JR城崎温泉駅

特急こうのとり。これには乗っていません。

特急はまかぜに乗って博多への帰途につく

姫路で新幹線みずほに乗り換え

2024年2月12日 近畿自然歩道16日目(通算269日) 兵庫県豊岡市竹野〜兵庫県豊岡市城崎温泉 曇りのち晴れ 9/2℃ 行動距離24.7km 行動時間9:18 獲得高度764m 37834歩 行動中飲水量300ml

往路交通: 香住6:35-竹野6:56

復路交通: 城崎温泉17:17はまかぜ6号-姫路18:59/19:22みずほ613号-博多21:22

近畿自然歩道15日目(通算268日) 兵庫県香美町佐津〜竹野 兵庫県の最北端でカップヌードル

 本日は香住の宿で5:00に起床。窓の外から響いてくる雨音を聞き、雨対応のパッキングを整えて部屋を出た。玄関にはご主人が魔法瓶に入れたお湯を用意して待っていて、送り出してくれた。こんな早朝に。ありがたいが、わざわざ気の毒だったと感じてしまう。

始発が入線する前の香住駅ホーム

 5:50に宿を出発。6:35発の山陰本線香住駅から乗車。乗客は5人ほど。

定刻どおり佐津駅に到着

山陰本線の列車を見送る

無人の佐津の駅舎にもカニ

 定刻の6:46に佐津駅に到着して行動開始。佐津の街並みを抜けて、佐津川を佐津川橋で越える。

街中には融雪装置が整備されている

こんなカニが食べたい

佐津川橋を渡る

佐津川

佐津にも焼杉を壁板に使った歴史を感じる家が多い

やさしい町並みだ

 7:02に県道11号線に合流し、東に進む。歩道はないが、交通量が少ないためそれほど問題はない。舗装路を進んで高度を上げていくが、潮騒が心地よく耳に響く。

県道11号線に合流

佐津の町全体を眺める

 しかし、県道を歩き始めてすぐにまとまった雨が降ってきた。道路沿いの駐車場に番屋があったため、逃げ込んでしばし雨宿り。雨音が聞こえるほどの強い雨

また雨が強くなってきた

佐津も町も雨に煙る

現地では山番と呼ばれる地引き網のための監視所。海岸近くに魚の群れを見つけたら集落に知らせて地引き網を入れるために使われていた。

 しばらく様子を見ていたが、いっこうに雨は弱くならない。やむなく上下の雨具を装着し、機材をパッキングし直して7:50に行動を再開した。

晴れていたらさらに素晴らしいだろうな

こんな荒天の日ににも釣り人。あがったばかりの30cmほどの獲物を脇に抱えて、針からはずそうとしている。

 雨に打たれながら県道を歩き、安木集落を通過。この先は急勾配の上りになる。8:26に標高100mほどの峠を通過した。

集落が見えてきた

どの集落にも集落ごとの美しいプライベートビーチがあるように見える

山陰本線が下に見えてきた

峠の路肩には雪が残る

 下りにかかると左に山陰本線の線路が見えてきた。しばらく線路と並行して進み、線路の下をくぐった先が相谷(あいたに)集落。民宿と自販機がある。

左手にトンネルを抜けた山陰本線の線路が見えてきた

山陰本線をくぐる

相谷には民宿が数軒

相谷漁港

 眺めの良い道を歩き、9:07に豊岡市境を越えて浜須井集落に入る。集落の入り口には昔ながらの喫茶店。ちょっと食指が動いたが、我慢して先に進む。

眺めの良い県道11号線

県道開通記念碑。なんと昭和45年に開通ということは、それまではどうやって生活していた?

香美町から豊岡市に入る

道沿いに懐かし系の喫茶店

何の記念碑かと思ったら、道路の無料化の記念碑だった!え?これって生活道路じゃない?平成7年まで有料道路だったことのほうが驚きだ。

 9:18に須井トンネルを抜けた先にははさかり岩。2つの尖った岩の間に丸い岩が挟まった不思議な光景。巨人が戯れに持ち上げた岩がとポロリとこぼれ落ちたかのような。

須井トンネル

はさかり岩

道路脇には柳原白蓮の歌碑。

切浜集落が見えてきた

 しばらく歩いた切浜集落の漁港の先の崖にはポッカリと穴が空いている。見に行ってみる。淀の洞門という海蝕洞。海が穏やかで良かったが、荒れていたら水飛沫が恐ろしいぐらいだったろう。

淀の洞門

洞門からはすさまじい勢いで水しぶきが躍り出てくる

 洞門の岬から山手に進んで、10:00に国民休暇村竹野海岸に到着。過ごし良さそうなキャンプ場がある。雨の中をひと家族がテントを片付けていた。

国民休暇村竹野海岸

快適そうなキャンプ場がある

 国民休暇村から庵蛇浜まで下ってみた。ここにも大きな海蝕洞。向こう側に抜けられないか先に進んでみたが、途中で断念。小浦展望台に戻ってカフェオレとパンの朝食とした。

庵蛇浜。向こうには猫崎半島。

庵蛇浜にも海蝕崖。向こうの灯台まで通り抜けを試みたが水没した。

小浦展望台で小休止

 10:36に行動を再開し、10:56に竹野の西にある弁天浜キャンプ場に到着。現在は営業はお休みのよう。

弁天浜キャンプ場

弁天浜

キャンプサイトは松林の中

 この先は竹野港に並ぶ漁船を眺めて、西町の風情のある街並みを進む。竹野川に映る東町の家々が美しい。北前船で賑わった港の町は落ち着いた風情がある。

竹野港

イカ釣り漁船が並ぶ

竹野川を挟んだ東町の眺めも素晴らしい

 11:07に竹野川を竹野橋で越えて東町に進む。

竹野橋

竹野川に映える西町、東町、奥には猫崎半島

 その後、北前館という観光案内兼温泉施設で北前船に関連した展示を見学。

北前館

北前船の模型

 30分ほどで北前館を出て猫崎半島に進む。2つの盛り上がった山が猫の姿に似ているためにつけられた名前とのこと。

猫崎半島に進む

半島の西岸は厳しい表情の海蝕崖

油断すると波がせり上がってくる

波に打たれた跡だよね

白いプレートがたぶんゾウの足跡の化石

 11:55に標高50mほどの賀嶋公園を通過し、12:15に標高141mの賀嶋山を通過。コースは程よく整備されていた。

半島の東の道を上っていく

賀嶋公園

標高141mの賀嶋山を通過

ちょっと眺めの良いところを通過

 12:30に猫崎灯台に到着。ここが兵庫県の最北端になる。

猫崎灯台

 西から黒い雲が近づいてきているため急いで昼食とする。お湯を沸かしてカップヌードルを平らげ、締めはコーヒー。眺めの良いところで飲むコーヒーは格別。雨がぱらついてきたので13:00に行動再開。

ダッシュでお湯を沸かす

今日のランチ

ダッシュでコーヒー抽出

海コーヒー

 シーサイドホテルを経て、竹野浜を歩く。砂浜が心地良いが、雨が心配。13:50に観光センターに立ち寄って1時間で楽しめる竹野のおすすめコースを教えてもらった。

猫崎半島の付け根にある奥城崎シーサイドホテル

竹野浜

海岸沿いにある観光センター

 観光センターの親切な女性のおすすめコースというのが、竹野の巨大迷路区。本当に迷路のように入り組んだ街並み。地図をもらったものの、目標の神社や船主邸にはなかなか辿りつかない。幅1mほどの細い路地の街並みで、T字路やクランク、L字路が多く、都市計画は微塵も感じられない。どういう地割りで作られたのか不思議な街並み。消防車は絶対に入れないところがほとんどなので、再建築は困難。絶滅危惧街並みだろう。

迷路区

どういう地割りをしたらこんな風になったのだろう

 ようやく14:00に鷹野神社を探し当てた。次いで、14:15には観光協会の女性のおすすめのゴザで保護された興長寺に到着。本堂を冬の寒さから守るため、寄進されたゴザで本堂そのものを取り囲んでいる。今の季節しか見られない奇観だそうだ。でもこれも火事が心配。

鷹野神社にようやくたどり着いた

また迷子になる

龍海寺にたどり着いた

最後はゴザに囲まれた不思議な光景の興長寺

 この先は、八坂神社を経て、14:44に竹野駅に到着して行動終了。本日宿泊の香住に向かうための山陰本線を待つ。

八坂神社

竹野新橋

竹野川

豊岡市役所竹野庁舎

晩ご飯には海の幸

2024年2月11日 近畿自然歩道15日目(通算268日) 兵庫県三方郡香美町佐津〜豊岡市竹野 雨ときどき曇り 8/1℃ 行動距離20.0km 行動時間7:53 獲得高度764m 32792步 行動中飲水量150ml

往路交通: 香住6:35ー佐津6:46

復路交通: 竹野15:06-香住15:25

近畿自然歩道14日目(通算267日) 兵庫県香美町香住〜佐津 雷のち虹

 今週末は3連休のため、久しぶりの近畿自然歩道に向かう。11月以来となる。このところの自然歩道トレッキングの再開地点は山梨県兵庫県にあるため、土日のみの休みでは簡単にいくことはできない。

 今朝は6:00に博多を発車するのぞみ2号に乗車。早朝便なのに自由席はほぼ満席状態。広島からは通路に立つ人までいる。コロナからの回復がめざましい。

のぞみ2号

 岡山で8:10発のこだま836号に乗り換えて8:35に姫路に到着。8:58にはまかぜ1号に乗車したが、全席指定のこの列車も満席状態。隣に座った城崎温泉まで旅行の女性は相方が前の席になってしまったようで、通路に立ったまま長いことお喋りをしている。せっかくの旅行なのに可哀想だ。席を替わって隣にしてあげよう。不審者と思われないように、なんと声を掛けようかしばらく思案する。

岡山でこだまに乗り換え

姫路からははまかぜ1号

電車の中のごはんって美味しい

 豊岡で非常ボタンが押されたため8分ほど遅れた。城崎温泉で下車する二人組女性と挨拶を交わし、香住には11:22に到着。駅の改札上に掲げられたカニを写真に収めて行動開始。

改札口の上に掲げられた大きなカニ

香住駅から出発

 香住の市街地を貫く県道4号線を北に進む。11:47に香住西漁港を通過して八坂神社の鳥居をくぐる。ときおり雨が降りつける。

香住漁港西港

八坂神社の参道に進む

 12:00に岡見公園に到着。海が美しい。

美しーーー海

丘の上には天文館

 岬の先端を回り、12:10に香住漁港東港に下る。市杵島(いつきしま)橋を渡って、漁港を横切り、県道11号線を進む。

香住漁港東港

市杵島橋

漁港内には除雪した雪が残る

県道11号線を進む

 岬の先端に向かって高度を上げる。岬の西側には今子浦海岸の夕陽ポイント。日本の夕陽百選だそうだ。

美しい海だ

日本の夕陽百選

 今子トンネルを抜けると今子浦キャンプ場。現在は回収のために休止中。空は真っ暗になり、雨が強くなる。山陰の泣き出しそうな暗い空は、怖い。

今子トンネル

黒島

かえる島

 12:56に大引の鼻の眺望ポイントに到着。断崖の先端からの眺めは素晴らしいが、風が猛烈。ポケットから出したiPhoneが飛ばされそうになる。

絶景だという大引の鼻の眺望ポイントに向かう

猛烈な風で、先端まで行くのも怖い

景色はいいけど

iPhoneが飛ばされそうなぐらい

 眺望の見物はそそくさと引き上げて、13:00から山道に取り付く。道はぬかるみ、時折シカの鳴き声が聞こえる。左側は断崖。滑って落ちたら3か月ぐらい行方不明になりそうだ。強い風に煽られてスリリング。ルート上に仏様が何か所も鎮座しているが、ひょっとしたら滑落した人の霊を慰めるためか?なんてことが頭をよぎる。海上からは雷の音が聞こえてくる。

山道を進む。滑る。

え?こっちなの?トラロープが垂れてますけど。

マジこわい

なんでこんなところに

ありがたいけど、数が多すぎ

風雨強し

ここも通過

また

 海から吹き付ける風をいなしながら、14:04に大山灯台にようやく到着。沖合には9つの巨大なケーソンが並ぶ。ケーソンcaissonとはコンクリートや金属で作られた大きな箱のことで、橋桁や堤防などにおもに用いられている構造物。Googleで調べてみると、柴山港を保護するために設置されている消波堤で、直径29.4m、高さ26.5m、重さ7100tにもなるという。1994年に1基目が設置され、現在は9基。最終的には15基並ぶそう。こんな大規模な消波堤が必要なほど海が荒れるのだろう。今日の風の強さからもそれがわかる。

大山灯台が見えてきた

9基並ぶケーソンは消波堤


 天気はあられまじりの冷たい雨に変わってきた。空は暗い。雨具の下に水が染みてきて、帰りたくなってきた。泣きそうな気持ちになりながら、14:40に柴山港までたどり着いた。

あられ混じりの雨に変わってきた

柴山の町が見えてきた

柴山港に到着

 雨が強いので沖浦区公民館でしばらく休憩。待っていても雨が止まないので、柴山港を横切って進む。外海と異なり、港内は真っ平ら。対岸では巨大なケーソンを建造中。完成したら沖合に設置するのだろう。

沖浦区公民館の軒下をお借りしてしばし雨宿り

柴山港内は真っ平ら

現在建造中のケーソン

 15:00から県道11号線を進み始める。15:20に柴山駅前に到着。雨が激しくなり、しばらく軒下を借りて雨が弱くなるのを待つ。

県道11号線を歩き始める

柴山駅近くで再び強い雨から避難する

 このまま柴山駅から山陰線に乗って、本日滞在予定の香住に戻ろうかとも考えたが、意を決して雨の中を歩き始める。歩道はなく、自動車の水飛沫が飛んできる。

県道11号線にはほとんど歩道がない

 15:44に柴山トンネルに入る。自動車の音が恐ろしいほど。トンネルを抜けると雪が降っていた。海上からは雷が鳴り響く。

柴山トンネル

トンネルを抜けると白い世界だった

県道から佐津の市街地に進む

 16:05に佐津駅に到着して行動終了。駅舎に入る直前、すぐ近くに落雷があった。落雷地点はおそらく300m以内。目の前が白くなったと思ったら、直後に爆音が轟き、空気が震えた。急いで駅舎に逃げ込んだ。レインウェアを脱いでハンカチで顔を拭く。ザックからは水が垂れ落ちる。

佐津駅に到着

無人の駅舎でレインコートを脱ぐ

 しばらくしたら雨が弱くなってきたので駅舎の外に出てみた。虹がかかっていた。神様からのねぎらいかな。

夕食は香住の居酒屋笑ら

海鮮美味し

2024年2月10日 近畿自然歩道14日目(通算267日) 兵庫県三方郡香美町香住〜香美町佐津 雨ときどき雪 10/1℃ 行動距離14.5km 行動時間4:37 獲得高度611m 27334歩 行動中飲水量0ml

往路交通:西新5:36-博多5:49/6:00のぞみ2号-岡山7:43/8:10こだま836号-姫路8:35/8:58はまかぜ1号-香住11:14

復路交通:佐津16:42-香住16:52

すきま散歩 伊都国遺跡巡り

 本日も福岡近郊の遺跡巡り。最近のすきま散歩のテーマは魏志倭人伝に出てくる古墳時代の国巡り。ご存じとは思うが、魏志倭人伝とは280年から297年の間に中国で書かれた歴史書の「三国志」の巻三十「烏丸鮮卑東夷伝」の一部で、日本に関するまとまった文献としては最も古いもの。

魏志倭人伝

 魏志倭人伝によると、古代中国によってソウルの南あたりに置かれた帯方郡からの使者は、船に乗って対馬国一支国壱岐)、末廬国(松浦)と進んで現在の九州に上陸し、陸路で伊都国、奴国、不弥国、投馬国、そして邪馬台国へと至っている。

 このうちの奴国は現在の博多近辺とされており、2024年1月14日を中心に遺跡巡りを行った。

 

nayutakun.hatenablog.com

 不弥国は不彌國とも言われ、諸説あるが福岡県宇美町あたりが有力とされ、2024年1月21日に遺跡巡りを実施した。

 

nayutakun.hatenablog.com

 

 さて今回訪れるのは伊都国。現在の福岡県糸島市あたりで間違いがなさそう。魏志倭人伝の旅に出発だ。

 西新駅から福岡市営地下鉄に乗って、10:11に糸島市波多江駅に到着。ここは相互乗り入れのJR筑肥線の駅。正午まで有人のみどりの窓口が開いているため、来週の自然歩道トレッキングで使う予定のJR切符を購入して、10:32から行動開始。

地下鉄からJRに直接乗り入れ

波多江駅で下車

南口から出発

 まずは雷山川に沿って南に進む。昨日まで冷たい雨が降っていたが、今日は天気が回復した。よかった。西を見ると、糸島富士とも呼ばれる可也山が見える。

雷山川に沿って進む

北の糸島半島中心部には可也山

 10:52に福岡前原道路の高架下をくぐり、平原の集落の中を進む。

福岡前原道路

平原公民館の前にはよく手入れされた梅の古木

 11:24に平原遺跡(ひらばるいせき)1号墓に到着。ここは14m×10.5mの方形周溝墓。弥生時代後期~終末期のもので、方墳とは呼ばないようだ。日本最大の直径のものも含めて40枚もの銅鏡が発掘されたことで有名。銅鏡などの発掘物は伊都国博物館に展示されているので、後で見学させてもらうつもり。

平原遺跡

平原遺跡1号墓

 ここには5つの墳墓があったらしいが、復元されているのは1号墓のみ。発掘物から埋葬されたのは女王だと推定されている。

 住宅地の中を進み、11:45にワレ塚古墳に到着。古墳時代中期築造と考えられる前方後円墳で、中央部分が窪んでいるからワレ塚なのだろうか。墳長は43mと比較的大きい。

ワレ塚古墳

ワレ塚古墳

 すぐ先には銭瓶塚古墳。古墳時代中期築造と考えられる前方後円墳だが、一部は道路に造成されてしまっているようで、形は捉えにくい。

銭瓶塚古墳

銭瓶塚古墳。横から見ると一部は道路に削り取られているようだ。

 住宅地を奥の方に進むと狐塚古墳。古墳時代中期築造と考えられる円墳で、丁寧に復元されている。直径33m、高さ4m。内部に横穴式石室があるが、すでに埋め直されている。

狐塚古墳

狐塚古墳

 狐塚古墳からは東に進み、瑞梅寺川に出たところで川に沿って南に進む。舘角橋を渡って光円寺、住吉神社に手を合わせてから県道を東に進む。

瑞梅寺川

ムラサキアオゲイトウヒユ科

光円寺

住吉神社

県道大野城二丈線をしばし東に進む

 赤崎川に架かる高江橋を右折すると前方に墳丘が見えてきた。農地の中を進んで、12:42に井原1号墳に到着。前方後円墳だが、形はかなり崩れている。後円部から出てきた石の棺の形から2世紀から3世紀のものとされ、かなり古い。後円部の頂上には石碑のようなものが見えるが、取り付きがわからない。諦めて先に進む。

井原1号墳

井原1号墳の頂上には石碑らしきものが

 畦道を進んで、井原川を越える。12:55に西堂古賀崎古墳(にしのどうこがさきこふん)に到着。前方後円墳だとされるが、墳丘は削り取られているため形がよくわからない。頂上部には破壊された石室が露出している。6世紀前半の築造とされている。

西堂古賀崎古墳

西堂古賀崎古墳は石室が露出している

西堂古賀崎古墳。前方後円墳かな。

  この先は舗装路を北に進み、13:10に伊都国歴史博物館に到着。4階建ての立派な博物館で、平原遺跡から出土した銅鏡などの展示が豊富。説明文も丁寧で、ゆっくり楽しめる。4階の休憩スペースで昼食を摂らせてもらった。

伊都国歴史博物館

これが平原遺跡1号墓から出土した国宝 内行花文鏡

展示は充実している

銅鏡がこれでもかというぐらい展示されている

休憩スペースでランチ

雷山山系を眺めながら食後のコーヒー

 14:25に博物館をあとにして三雲・井原遺跡に向かって進む。14:40に築山古墳に到着。墳長60mの前方後円墳。頂上部に続く石段が設置されている。4世紀末のもの。

三雲の町を進む

築山古墳とその先には端山古墳

築山古墳の頂上には祠が建てられている

築山古墳

 築山古墳にあった説明版を頼りに王墓に向かう。住宅地の中をうろついていると、「卑弥呼のお墓はあっち」と通りがかりの女性が教えてくれたのが細石神社。

地元の方から卑弥呼のお墓はここよと指さし教えてもらった細石神社

お参りしておきました

 そうかなと思いつつも、とりあえずお参りして、14:55に三雲南小路遺跡に辿り着いた。こちらが伊都国王の墓。一辺30mの大型弥生墳丘墓だが、現在は芝生の公園となっている。

雲南小路遺跡。こちらが王墓のよう。

 ここからは住宅地の中を進み、15:05に端山古墳に到着。4世紀に作られた墳長78mの前方後円墳だったが、現在は前方部が削られてなくなり、円墳のように見える。

端山古墳

 15:14からは井原川に沿って左岸を北に進む。郡里橋(こうりはし)、天神橋、共栄橋と通過する。

井原川に沿って進む

ハマダイコンアブラナ科

 九星飲料の工場を通過して、中川原橋で右岸に渡る。15:52に福岡前原道路の高架下を通過。

中川原橋

川辺では山羊が草を食んでいた

福岡前原道路をくぐる

 この先は瑞梅寺川の右岸を進むが、川べりには桜の木が植えてある。蕾がすでに膨らんできている。

瑞梅寺川沿いにはサクラが植えられている

筑肥線の列車が通過

 16:00に筑肥線の鉄橋の下をくぐり、その先の池田川橋を渡って波多江小学校の横を通過して16:10に波多江駅に到着して行動終了。

筑肥線をくぐる

波多江の街中

波多江駅北口に到着。行動終了。

2024年2月4日 福岡県糸島市波多江駅波多江駅 曇りときどき晴れ 12/6℃ 行動距離16.9km 行動時間5:37 獲得高度116m 26664歩 行動中飲水量150ml

すきま散歩 渡来人と不彌国の遺跡巡り

 本日の日曜も福岡近郊のすきま散歩。西鉄天神駅を9:44に出発する各駅停車に乗車。9:59に雑餉隈(ざっしょのくま)駅で下車。

西鉄大牟田

 雑餉隈は行ってみたかった駅。福岡の難読駅名ランキング1位。どんなところかと期待が膨らむ。

雑餉隈で初の下車

 雑餉隈駅は鉄道高架化のために全面改装中。出口までの通路に以前のホームの名残が残る。

旧ホームらしき構造が残る

高架の下に上下線のホーム跡

駅前にはフレンドリーな雰囲気の店

住宅街の中を進む

 10:08に駅前から行動開始。住宅地を抜けて、片側2車線の県道112号線を北上。10:23に福岡市埋蔵文化財センターに到着。無料だが展示はわかりやすい。埋蔵文化財調査の方法を丁寧に解説したパネル展示が勉強になる。受付の女性が金隈遺跡に是非行ってと勧めてくれる。

県道112号線を北に進む

福岡市埋蔵文化財センター

素人の私にもわかりやすい解説パネル

 金隈遺跡に行きましょう。東に進むと御笠川に行く手を阻まれ、しばらく上流に進む。御笠川はちょうど福岡空港に着陸する飛行機の進入路にあたり、頭上を大きな機体が越えていく。

御笠川沿いに上流の橋に向かって進む

飛行機が通過するたびに見上げてしまうよね

 11:10に金隈大橋でようやく御笠川を渡り、しばらく下流に戻ってから、国道3号線を横断した。

金隈大橋を渡る

福岡空港はもうすぐ先だ

 横断した先に金隈遺跡の表示を見つけたが、同時にチャーハンの看板も目に入ってしまった。仕方がない。11:30と少し早いが、チャーハンとギョーザの昼食とした。

この誘惑には勝てん

パラパラのチャーハン美味し

 20分ほどで食事を終え、金隈遺跡に向かう。国道3号線から丘の上に上がり、12:00に金隈遺跡に到着。遺跡の中の道を上ると金隈遺跡甕棺(かめかん)展示館。広い屋内に甕棺墓91基、土壙墓34基、人骨4体を発掘されたままの状態で屋内展示してある。壮大な展示だ。

金隈遺跡に進む

金隈遺跡甕棺展示館

発掘されたままの状態で展示

図のような状態で発掘された現場を方形にそのまま展示というスケールの大きさ

 親切な受付の女性が解説をしてくれる。この遺跡は弥生時代前期の中頃(紀元前2世紀)から後期の前半(2世紀)までの約400年間にわたって営まれた共同墓地と考えられているとのこと。非埋葬者は縄文人ではなく渡来人の骨格を持つという。

1600年以上前のリアル人骨

古墳もあり

古墳の上を飛行機が飛ぶのって、なんだかシュールだ

 20分ほどで金隈遺跡を後にして、次の目標の今里不動古墳に向かう。住宅街の中にあるこの古墳はなかなか見つからなかったが、鳥料理の店の脇の狭い路地を入ると、それらしい小高い丘が目の前に現れた。小さな看板が掲げられた狭い道をそろいそろりと下ると小屋があり、その後ろに開口部が見える。石室への入り口のよう。照明はない。iPhoneの照明をオンにして恐る恐る石室の中に入っていく。立ち上がれるほど広い。玄室と思われる広間の一番奥には何やら祀られている。祟られそうな気配がしたので、手を合わせて早々に退散した。

ようやく見つけた今里不動古墳

微妙に狭い進入路

説明板は立派

恐る恐る進む

じつは閉所が苦手

手を合わせてすぐに脱出

 さらに住宅地の中を進む。知らないうちに大野城市に入っていた。住宅街の突き当たる乙金山の麓の善一田古墳群には13:09に到着。この古墳群は圧巻。山裾に30基ほどの古墳がひしめいている。

大野城市に入る。正面には乙金山

善一田古墳の標識が出てきた

すごい規模の古墳群だ

 この古墳群は6世紀後半から7世紀にかけて築かれたもので、被埋葬者は6世紀中ごろにこの地に進出した渡来人とされている。

16号墳(手前)と最大の18号墳(奥)

18号墳

内部も覗くことができる

 古墳の保存状態はよく、解説版も丁寧。死ぬまでに見るべき古墳群に認定。

善一田古墳群から福岡の油山(手前)と背振山系(奥)

 13:32に善一田古墳を離れ、峠に向かって進む。九州自動車道の高架をくぐり、その先の西鉄バス宇美営業所を通過。宇美の街並みに進む。

「おとがな」なんだな

西鉄バス宇美営業所

宇美の町並み

 14:10に宇美八幡宮に到着。境内の巨大なクスノキが目を引く。参拝客で賑わう本殿にお参りする。

宇美八幡宮参道

宇美八幡宮

巨大なクスノキ

 境内のすぐ横の宇美町立歴史民俗資料館にも立ち寄る。近隣の遺跡や古墳の展示と解説が豊富。先週は魏志倭人伝に出てくる奴国と考えられる春日市あたりを歩いていたが、奴国から100里で至る不彌国とは宇美のことかと資料館には書かれていた。だんだん邪馬台国に近づいてきた。

宇美町立歴史民俗資料館

最近の遺跡巡りですっかり歴史が好きになってしまった

宇美は炭鉱の町

1985年までJR勝田線が運行されていた

 資料館を14:32に後にして、子安通りを進む。赤い欄干の子安新橋で宇美川と道路を越え、宇美公園内に進む。

子安通り

子安新橋

 階段の先には応神天皇胞衣浦(えながうら)。胞衣とは胎盤のことで、ここで応神天皇が生誕したよう。この丘には神領古墳群があり、6基の古墳があったはずだが、見つからない。文字が掠れて読めなくなった看板だけが立っていた。

このあたりが古墳のような

ヒントが少ない

 宇美公園の丘から下り、緑道を進む。自転車と歩行者だけが通行できる快適な道。勾配が少なく、直線だ。ひょっとしたら宇美町立歴史民俗資料館でみた国鉄勝田線の廃線跡か?もしそうだったら、今度は勝田線の廃線跡巡りも面白そうだ。

緑道に進む

快適。この快適さはトロッコ道の快適さに似ている。

古墳らしき丘陵が見えてきた

 緑道を快適に進み、15:10に光正寺古墳に到着。3世紀半ばの前方後円墳で、墳長54mと巨大。前方部が2段、後円部が3段に築成されており、美しい。

光正寺古墳

光正寺古墳

光正寺古墳

光正寺古墳から宇美の町を眺める

若杉山

 光正寺古墳から住宅地をわずかに進むと、住宅地の中に直径29mの円墳の七夕池古墳。5世紀後半の築造とされている。円墳の頂から見える光正寺古墳の姿がことに素晴らしい。

七夕池古墳

七夕池古墳は円墳

七夕池古墳から光正寺古墳を眺める

 この先は住宅地の中を進む。佛の浦配水所を通過し、九州自動車道の高架をくぐり、15:50にJR香椎線の須恵中央駅に到着。本日はここで行動終了として、帰途に着いた。

佛の浦配水所

2024年1月21日 すきま散歩 渡来人と不彌国の遺跡巡り 曇りときどき雨 12/9℃ 行動距離15.8km 行動時間5:48 獲得高度210m 25648歩

往路交通:西鉄天神駅9:44西鉄天神大牟田線雑餉隈9:59

復路交通:須恵中央16:02JR香椎線-16:14長者原/16:23JR福北ゆたか線-16:37博多

すきま散歩 筑紫野遺跡巡り

 さて、本日も日程の都合のために自然歩道歩きはお休み。6時に目を覚ましたものの、天気予報は一日中雨。うーむ、どうしよう。福岡近郊で、雨に降られても楽しめそうなコースで、できれば最後に雨に濡れた体を温める温泉に立ち寄れるプランはないか?ベッドの中でYAMAPの活動記録を眺めながら考える。

 迷ったすえ、博多駅を9:00に出発する鳥栖行きの鹿児島本線快速に乗車して、9:28に原田駅に到着した。駅前でYAMAPの地図をダウンロードして9:37に行動開始。今日は筑紫野エリアの遺跡を巡ることにした。ポツリポツリと細かな雨が降る。

原田は長崎街道の宿の一つで、伊能忠敬も滞在したよう

 まずは9:50に五郎山古墳に到着。古墳見学は予備知識があるとなお楽しい。最初に隣接した五郎山古墳館に立ち寄って予習することにした。女性の館員の方が丁寧に説明してくれる。案内のビデオを2本、合計40分間鑑賞したが、なかなか出来が良くて楽しめた。

住宅街の先に古墳の丘が見えてきた

五郎山古墳館

まずは予習をしよう

 ビデオの後は、カンテラを借りて館内にある実物大の石室模型の中を見学。真っ暗な羨道(せんどう。遺体を安置した玄室への通路)を経て玄室に入る。復元された装飾壁画が見事。油断して玄室から出る時に思い切り頭をぶつけてしまったので要注意。

カンテラを手に真っ暗な羨道に向かう

玄室内がぼんやり見えてきた

見事な彩色壁画が再現してある

 1時間ほども滞在した後、五郎山古墳に上る。6世紀後半、古墳時代が終わりを告げようというタイミングの円墳で、直径約35メートル。かつては内部を見学できたようだが、現在は石室内部をのぞくことはできず、外観を眺めるのみ。小雨混じりの風が冷たい。

ツバキの花を踏みながら坂を上る

堂々とした円墳

 五郎山公園を歩いて、金毘羅神社にお参り。

五郎山公園

金比羅神社

金比羅神社

 階段を下りると井出ちゃんぽんの看板が見えた。唾液が自然に分泌してきた。ちょっと早めだがクリーミーなスープとたっぷり野菜の井出ちゃんぽんの魅力には勝てない。昼食をとることとした。

井手ちゃんぽんはMyちゃんぽんランキング3位

普通盛りでこの野菜。麺まで3分。野菜盛りにしたときに油断すると野菜タワーが倒れてくる。

 胃袋を満たして11:30に行動再開。今日はなかなか先に進まない。11:40に筑紫神社にお参り。

筑紫神社参道を進む

筑紫神社

 神社からは東に進路を変え、栗木橋国道3号線を越える。住宅地を縫うように進み、12:05に筑紫野前畑遺跡と思われるエリアに到着。遺跡の痕跡や説明版でもないかと探すが見つからない。

木橋国道3号線を越える

正面には太宰府宝満山

このあたりが筑紫野前畑遺跡のはずなのだが

何も見つからない、、、

 やむなく森の中を歩いて南に進む。県道200号線を熊橋で越え、地図に表示されていた気になる名前の捨て身の松神社に立ち寄ってみる。

ピンクテープと調査杭のようなものは見えるが

いい感じの給水塔

捨て身の松神社

捨て身の松神社

 予想していたのと少し違う。どうも宗教施設の中に迷い込んでしまったようだ。早々に立ち去ろう。

どうも雰囲気が違う

 13:08に住宅街の中の津古1号墳に到着した。4世紀前半の墳長42mの前方後円墳。周囲には2号墳と3号墳があったらしいが、現在残るのは1号墳のみ。周囲にはびっしりと住宅が立ち並ぶので、仕方のないことなのだろう。

筑紫野市から小郡市に入る

住宅地の中に津古1号墳

津古1号墳

津古1号墳

こんな住宅地の中によく残してくれました

 13:20に西鉄跨線橋を越え、次の目標の津古生掛(つこしょうがけ)古墳を探す。ここも住宅に囲まれている。不審者と思われないように気をつけながら住宅街の中を彷徨くが、古墳らしきものは見当たらない。もしやと思って立ち寄った生掛公園に、ようやく津古生掛古墳の説明版が見つかった。説明板によると3世紀末頃に造られた墳長33mの前方後円墳だったが、宅地造成の後に公園になってしまったという。

跨線橋西鉄の軌道を越える

生掛公園

ここが津古生掛古墳(跡)でした

 次に向かったのは三国の鼻1号墳。これも見つけにくかった。大きな通りに沿った宝満川浄化センターの隣に説明版があった。4世紀後半に造られた墳長66mの前方後円墳だが、古墳そのものはなくなっているよう。金網に囲まれており、一帯は外から眺めるとたんなる森になっている。

宝満川浄化センター

このあたり

周囲は田園

 西に進路を変え、住宅地の中を進む。14:05に横隈山古墳に到着した。こちらは5世紀中頃に造られた墳長31.6mの前方後円墳。住宅街の中に聳えるように残されている。市民活動により保存されたよう。整備状態も良く、うれしいかぎり。

横隈山古墳

市民の運動で残された

前方後円墳の姿を残す

 次に北に進んで、14:15に井の浦1号墳に到着。三国が丘駅近くの井浦公園内にあり、6世紀後半に造られた直径23mの円墳。

井浦公園

貯水池のほとり

井の浦1号墳

 ここからは三国が丘駅構内を通過して三沢遺跡に向かう。丘全体が遺跡となっているようだ。弥生時代の農村集落や古墳群が発掘されているようだが、遺跡の展示や説明板は見つからなかった。

三国が丘駅

三沢遺跡

この丘あたりが三沢遺跡か

見学できそうなものは見当たらない

 丘を下る時から雨が強くなってきた。さいわい5分ほど進んで、14:45に九州歴史資料館に到着した。ここも素晴らしい展示物。太宰府政庁に関する資料が多い。雨が小降りになるのを待って15:40に先に進んだ。

九州歴史資料館

太宰府政庁に関連した展示物が多かった

 5分ほど歩いて小郡市埋蔵文化財調査センターに到着。ここの展示は小規模。10分ほど見学して、次の一の口遺跡に進む。とはいってもここは道路脇の説明版のみで、遺跡はすでに住宅の下に埋め戻され、埋蔵文化財はセンターに所蔵されている。

小郡市埋蔵文化財調査センター

一の口遺跡はこのあたりにあったはず

 小雨の降る中を進んで、筑紫野温泉アマンディに16:30に到着。バリ風の温泉施設にすっかりくつろぐ。のんびりとお湯に浸かり、お風呂の後は早めの晩御飯。魚料理が美味し。レストラン内に県境があるのが驚き。

筑紫野温泉アマンディ

 18:35にアマンディを後にした。すでに真っ暗となった18:53にJRけやき台駅に到着して行動終了。

けやき台駅に向かう

鹿児島本線で帰途につく

2024年1月20日 すきま散歩 筑紫野遺跡巡り 雨 12/9℃ 行動距離21.4km 行動時間9:13 獲得高度396m 30152歩 200ml 

往路交通:博多9:00鹿児島本線ー原田9:28

復路交通:けやき台19:04鹿児島本線ー博多19:44

 

すきま散歩 奴国遺跡巡り

 自然歩道歩きを休みとした本日も福岡近辺ですきま散歩。今回のテーマは遺跡歩き。近ごろYAMAPをフォローしていただいているねこやんのツレさんの活動記録にインスパイアーされたもの。

 博多駅から10:09発の特急博多南線に乗車。じつはこれも今回の目的の一つ。特急博多南線とは、1990年から運営されている、博多駅から車両基地までの回送便を旅客運送に使用している路線。本来、博多駅で運行が終わる新幹線車両の行先表示が「博多南」と変わり、新幹線車両で9kmほど先の車両基地博多南駅まで乗れてしまう。

新幹線500系が入線

博多南行に表示が変わる。ここからは在来線特急となる。

 本日の車両は新幹線500系。日本の営業運転で初の時速300km越えの車両で、いまだに日本最速の営業運転車両。現在は山陽新幹線のこだまに運用されているのが悲しい。

 日曜の本日は乗客が少ない。ざっとみると鉄道好きの子供連れが5組ぐらいだけ。博多駅を出発したのち、ゆっくりと運転を続け、九州新幹線の線路から外れて10:17に博多南駅に到着。車両基地の写真を撮ってから10:30に行動開始。

博多南までの最高時速は120km/hとのんびり。ここで九州新幹線の軌道から車両基地への引き込み線に変わる。

新幹線の高架から下りていく

博多南では写真を撮影している親子連れが多い

ずらりと並んだ700系を従える500系

こんな経験が330円でできるのも魅力

 博多南駅を出て新幹線の高架を潜って新幹線車両基地の東に出る。線路に沿って南に歩き、10:39に門田遺跡跡に到着。ここは交差点に取り残された小さな緑地。春日市教育委員会の標のみで、他に遺跡らしいものはなし。

博多南駅をスタート

高架をくぐって東に進む

車両基地を眺めながら南に進む

道路の三角地帯が門田遺跡跡

これだけ

 ここからは北に向かって住宅地の中を歩き、10:47に日拝塚古墳に到着。「ひはいづか」と読ませる。住宅地の中にいきなりドンと現れる、形態保存の良好な前方後円墳。6世紀に築造され、墳長は60m程度。墳丘の主軸がほぼ東西を向いており、彼岸の時期には東方約16kmにある信仰対象の大根地山(おおねちやま)から昇る太陽を拝めることから、「日を拝む塚」として「日拝塚」と呼ばれるようになったという。

住宅地に突如現れる日拝塚古墳

日拝塚古墳

 次は南東に1kmほど進んだところにある水城跡を中心とした天神山水城跡に11:09に到着。

天神山水城跡

天神山2号墳(円墳、墳径10m)

天神山1号墳(前方後円墳、墳長35m)

 水城とは、7世紀に唐・新羅の侵攻を恐れた大和朝廷大宰府を防衛するために築造した土塁。東の太宰府から大水城が連なっているが、この辺りは比較的小規模な小水城。天神山土塁は水城の西端で、墳長35mの前方後円墳と墳径10mの円墳からなる天神山古墳をその端に持つ。

天神山から連なる水城

住宅街の中に進んでいく

 水城跡を辿るようにして東に進む。11:30に昇町の大土居水城跡の南から散策路を進む。ゴルフ練習場の塀が土塁感のある石垣だが、これはたぶん水城の跡ではないだろう。

大土居水城跡は遊歩道となっている

水城のようなそうでないような

この石垣は水城ではないか

 寺田池を通過して、12:07に下白水大塚古墳に到着。住宅街の中で、しかも本体には立ち入り禁止となっているため全貌が掴みにくい。6世紀の前方後円墳で、墳長は36m。

寺田池

下白水大塚古墳。周辺は立ち入り禁止。

下白水大塚古墳

 福岡女学院、春日中学校、上散田公園と経て、12:30に須玖岡本遺跡に到着。

福岡女学院

春日中学校

上散田公園

 丘の上には白いドームが2つ。弥生時代の甕棺墓(かめかんぼ、2つのかめを合わせた棺で埋葬者を弔っていた)が発掘時の状態で保存されたもの。王墓の甕棺墓を覆っていた上石(うえいし)も展示されている。

須玖岡本遺跡の中心部の2つのドーム

ドームの中には甕棺墓などが発掘時のまま保存展示されている

王墓の上石

 近隣には王墓や王族の墓も見つかっており、このあたりが奴国の中心地であったと考えられている。

 隣接する春日市奴国の丘歴史資料館に立ち寄る。青銅の生産工程がかなり詳しく再現されている。面白い。

春日市奴国の丘歴史資料館

展示物も充実。個人的には青銅器鋳造のプロセスの解説が面白かった。

 13:00に歴史資料館を後にして、春日市奴国の丘歴史資料館前を過ぎる。正門を過ぎたところのコンビニで食料を購入して、イートインで昼食とした。

春日市奴国の丘歴史資料館

本日のランチ

 西鉄天神大牟田線の踏切を渡り、三筑小学校と三筑中学校の周囲をぐるっと回って、この辺りから発掘されたはずの三筑遺跡の痕跡を探すが見つからない。大型重機が入っているから、何かの工事ですでに埋め戻されてしまったかもしれない。

三筑小学校

ひょっとしたら遺跡は工事の土中か?

 やむなく先に進む。諸岡池を経由して14:22に滝見天神社の丘の上に到着。天神社の裏手には5基の古墳があるはずだが、2基ほどしか確認できない。諸岡八幡宮にお参りして先に進む。

諸岡池

滝見天神社

このあたりが円墳か?

諸岡八幡宮

コース上にはハムの自販機

 諸岡川を渡って14:45に板付遺跡に到着。縄文から弥生時代にかけての環濠集落が再現されている。幅2~4m、深さ約2~3mの溝が東西約80m、南北約110mの楕円形に掘られた環濠集落。日本で最も早く稲作農耕が開始されたとされている。

板付遺跡

大きな環濠集落

竪穴式住居の復元モデルもある

 隣にある板付遺跡弥生館に立ち寄ってみる。遺跡から発掘された縄文式土器弥生式土器や炭化した米など、貴重な資料が大量に展示してある。学芸員の方が丁寧に説明してくれる。素晴らしい施設だった。

遺跡のそばにある板付遺跡弥生館

展示物が充実しているが、なによりも学芸員の方の解説が素晴らしい

板付遺跡弥生館の外には弥生時代の水田を再現したものもある

 15:30に弥生館を出て、再び諸岡川を越えて西に戻り、15:47にららぽーとにあるガンダム立像の写真を撮る。観光客でいっぱいだ。

日本中の男子はこれは好きだよね!

 竹下駅のあたりで弥生館の学芸員の方から教わった古墳を探してみるが見つからない。

公園の片隅のこれかな?

地禄神社

 しかたがない。アサヒビール博多工場を経由して、16:30に春住小学校のグラウンドとして使われている比恵遺跡に到着。サッカー少年に断りながら、グラウンドの橋にある遺跡の説明版を撮影。遺跡は埋め戻されて何もなし。

アサヒビール博多工場

比恵遺跡は小学校のグランド

比恵遺跡

 竹下通りを北に進み、16:57に博多駅に到着して行動終了。

SANKO

都ホテル

博多駅筑紫口

ここで行動終了

往路交通:博多10:09特急博多南線博多南10:17

2024年1月14日 すきま散歩 奴国遺跡巡り

晴れ 14/1℃ 行動距離20.7km 行動時間6:25 獲得高度90m 33020歩 行動中飲水量600ml