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週末の九州自然歩道のトレッキングや日常の雑感です。英語版のトレッキングログもこちら https://nayutakun.hatenadiary.com/  で公開しています。

αβγとEFG ガモフのユーモアと大学院生の迷惑

 退屈な会議の時は、寝落ちを防ぐために会議資料を仔細に読み込んで、意識の消失を防ぐのが効果的だ。このときもそうだった。端から端まで会議資料を読み終え、参考資料の、そのまた最後のページの参考文献リストを見た時に、ハッと目が覚めて、プッと吹き出しそうになってしまった。こんなタイトルの論文だ。

English K, French A, Wood KJ. Mesenchymal stromal cells: facilitators of successful transplantation? Cell Stem Cell. 2010 Oct 8;7(4):431-42.

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 間葉系細胞という、細胞分化のおおもとになるような細胞が、移植の成否に関わるかどうかを検討する内容の論文だった。吹き出したのは論文のタイトルでも、内容でもなく、English K, French A, Wood KJ.という著者名。これを見た瞬間に、ガモフのおしゃれな顔が頭に浮かんだからだ。

 George Gamov(ジョージ・ガモフ)は1904年にロシアのオデッサに生まれ、のちに米国のコロラド大学で教鞭を執った理論物理学者。放射性原子核アルファ崩壊量子論で説明したり、DNAの二重らせん構造の発見でノーベル賞をとったワトソン、クリックらと交流して、DNAの塩基配列3つの組み合わせがアミノ酸の情報となると予想したりと、135°ぐらい方向性の異なる幅の広い仕事をしている。しかし、最も知られているのは、現在では宇宙の成り立ちを説明する標準的な理論となっているビッグバン理論を早くから支持し、そのもととなる「火の玉宇宙理論」を提唱したことだろう。

 ガモフの提唱した火の玉宇宙を可能にするために必要な、水素やヘリウム核以上の重原子が核反応段階で生成される確率に関する研究は、ガモフが指導していた当時大学院生だったRalph Alpher(ラフル・アルファー)との共同研究で1948年にPhysical Reviewという一流紙にLetterという形で報告されている。これはその後に一部の誤りがあって修正が行われたが、宇宙の核反応段階を説明する理論としてよく知られている。

 この理論をもとに、ガモフは宇宙の背景放射の存在とその絶対温度を予測し、1965年には3Kの宇宙背景放射が実際に観測され、現在ではビッグバンが標準的な宇宙理論として受け入れられるようになったというマイルストーン的な研究であった。

 さて、この有名な論文だが、通常ならば解析を実施して論文執筆の主役を担ったであろう大学院生と、彼にアイディアを提供して指導したガモフの2名の名前を冠した論文にすべきなのだが、茶目っ気たっぷりのガモフは、かねてからの友人の理論物理学者のHans Bethe(ハンス・ベーテ)を共著者に加え、ベーテもそれを了解したため、論文はAlpher, Bethe, Gamowの3名の共著の論文として発表されることになった。

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 ガモフは、指導した大学院生がAlpherで、自分の名前がGamowであることから、その間にBetaを挟めば、ギリシャ語のABCにあたるα、β、γ (alpha、beta、gamma)が完成することに気が付き、それを実行してしまったのだ。かくして、宇宙創成にかかわる重要な論文は、著者の頭文字をとってαβγ論文と呼ばれるようになった。

 さらにこの話には続きがあって、ガモフは同じく理論物理学者のRobert Herman(ロバート・ヘルマン)にはDeltaと改名するように迫りヘルマンは頑なに拒否したとか、大学院生のアルファーは、自分が書いた論文に研究に関係のない有名な物理学者の名前が追加されて迷惑だったと、その後に書いた著書でこぼしていたりとか、ガモフの茶目っ気を迷惑に感じる向きもあったようだ。

 ガモフは多彩な能力を持っていたが、とくに複雑な物理の理論をわかりやすく説明する能力に非常に長けていたようだ。彼の教科書や啓発書は現在でも手に入れることができる。また、コロラド大学にはガモフの名を冠した建物が残っていることから、皆から愛された人柄であったのだろうと思われる。

 ここでようやく冒頭の論文の話に戻る。

English K, French A, Wood KJ. Mesenchymal stromal cells: facilitators of successful transplantation? Cell Stem Cell. 2010 Oct 8;7(4):431-42.

という論文であるが、最後の著者のWoodさんがGermanさんであったら、English、French、German論文とかEFG論文として世に知られるようになったのではないかと、ガモフの顔が浮かんだのである。たとえば、ジュネーブ大学のGermanさんなんかがお勧め。移植の絡んだ再生医療に関わっているから有力候補になりそうなんだけど。