とりあえず、歩くか。晴れた日は星空の下で寝るのもいい。

週末の九州自然歩道のトレッキングや日常の雑感です。英語版のトレッキングログもこちら https://nayutakun.hatenadiary.com/  で公開しています。

オオイヌノフグリ 残念な名前はその兄弟にも

 道端や畑の畦道などの身近なところに、春先になると多数の薄紫色のかわいらしい花を咲かせるこの植物は、オオバコ科クワガタソウ属の越年草であるオオイヌノフグリVeronica persica)。子供の頃からのお気に入りの花であるが、この花の名前を知ったのは高校生になってから。また、その名の意味を知ったのは大学に入ってから。フグリとは陰嚢のこと。愛らしい花には似合わない残念な名前に、命名者のセンスを疑った。

f:id:nayutakun:20200217180851j:plain

 イヌノフグリの果実の形が雄犬の陰嚢に似ていることからこの名前が付けられたが、オオイヌノフグリの和名はイヌノフグリに似てそれより大きいために付けられた。ついでに言うと、オオイヌノフグリの果実はハート型で、陰嚢には似ていないから皮肉なことだ。いまでは日本のどこでも見られる花であるが、百数十年あるいはそれ以前に日本に入ってきたと考えられているヨーロッパ原産の帰化植物である。

f:id:nayutakun:20200217180902j:plain

 オオイヌノフグリの近縁種にフラサバソウ(Veronica hederifolia)がある。フラサバソウもオオバコ科クワガタソウ属の植物で、4弁の薄紫色の小さな花を付けるところが似るが、オオイヌノフグリよりも花が小さく、発芽時期が遅く、毛が多い。フラサバソウはオオイヌノフグリと同時期に帰化したと考えられているが、分布域はオオイヌノフグリよりも狭い。その原因について、フラサバソウには近交弱勢がみられるためとする論文が元長崎県総合農林試験場の鶴内孝之によって発表されている(鶴内 孝之:フラサバソウとオオイヌノフグリの生殖生態.雑草研究 39(2), p85-90, 1994.)。近交弱勢とは、遺伝子が近い者同士が交配すると、形質の弱い個体が増加することである。このため、個体数が少ない集団では繁殖が不利になり、新しい土地には定着しにくいことになる。

f:id:nayutakun:20200217180919j:plain

 このフラサバソウの和名であるが、ハワイのフラとも、魚の鯖とも関係がなく、フランスの植物学者であるフランシェFranchetと、発見者である江戸末期から明治にかけて日本に滞在したフランス人医師のサバティエSavatierの名に由来する。フランシェとサバティエが連名で出版した日本植物目録にこの植物が記録されていたが、その後日本でこれを採集したものがおらず、いったんは誤りだとされた。その後、明治44年に田代善太郎が長崎で本種を採集し、国立科学博物館の奥山春季が二人の記録が正しかったと確認し、投げやりな命名法ではあるが、フランシェとサバティエの名前を切ってつなげて、フラサバソウという和名を命名している(https://ja.wikipedia.org/wiki/フラサバソウ)。

 フラサバソウの命名の方法を、落語の「てれすこ」のようなと言うむきもあるが、あの落語の落ちはイカとスルメの関係性が重要な点である。フラサバソウは、国分寺と立川の間にできた国立(くにたち)のような命名法と言って欲しかった。