


残念ながら今日から梅雨入りで雨模様。仕事を終えてホテルに戻ったら、雨が上がってきた。せっかくなので、沖縄のきれいな海を見てから首里城まで歩いてみよう。
ホテルから10分ほど西に向かって歩くと波の上ビーチとよばれる海に着く。那覇市街からすぐ近くだが、驚くほど透き通った海。

現在の気温は27℃。泳いでいる人もいる。
白い砂浜の海の中に手を差し入れる。温かい海だ。指先を舐めてみる。臭いはなく、甘い塩味。

ビーチの西の端には竜宮とよばれる崖がある。その上に建つのが波上宮(なみのうえぐう)。「ニライカナイ」という海の彼方にある理想郷を祀る聖地。海に面した崖の上に立つ神殿は、諸外国と琉球との交易基地であった那覇港のシンボルとして、航路を行き来する船舶の目印にもなっていたようだ。

波上宮にお参りを済ませ、那覇港に立ち寄ると、大型旅客船バースにはDiamond Princessが入港している。


龍柱の立つ松山通りを那覇市街地に向かって進む。


右に見えるのが福州園。中国の福州市と那覇市の友好都市締結10周年を記念して建設された庭園。

松山通りを挟んだ反対側には大きなリゾートマンションのような白い建物があるが、これがなんと那覇商業高校。立派すぎる高校。

御成橋で久茂地川を渡ると、頭上をモノレールが通過する。



正面に見えてくる大きな建物が沖縄県庁。

ここからは住宅街を右に左に曲がりながら進んでいく。住宅はコンクリートのものが多い。そして丁字路に突き当たると出てくるのが石敢當(いしがんとう)。調べてみたら、福建省を発祥とする中国の風習で、日本では沖縄に圧倒的に多いが、鹿児島や宮崎、さらには秋田や東京にもわずかながらあるようだ。市中を徘徊する魔物「マムジン」が直進する性質を持つため、丁字路に建てて家の中に入ってこないように防御するという理由で今でも建てているようだ。面白い。





アーケード街を通り抜けて、17:20に壺屋やちむん通りに入る。「やちむん」とは焼き物、すなわち陶器のこと。江戸時代の初期に琉球に進行した島津藩が、沖縄各地に点在した窯元を現在のやちむん通りの辺りに集めたことから壺屋やちむん通りができたようだ。





さらに傾斜地を上ると玉陵(たまうどぅん)に到着。ここは歴代の琉球王の眠るところ。到着したときはすでに観覧時間を過ぎていたので、後日の楽しみに残しておいた。


この先は首里城公園となる。正面の守礼門で係の人から急ぐようにせかされる。入場時間の18:30が迫っている。


見事な琉球石灰岩が積まれた石垣を眺めながら、歓会門、瑞泉門、漏刻門と通過し、広福門の入場券売り場に着いたときは入場時間ギリギリだった。




現在、首里城は修復工事中で素屋根の中で復元工事が行われている。第2次世界大戦で焼失した琉球王朝の王城であるが、1992年にようやく再建されたと思ったら、2019年に火災で焼失して沖縄の方々を始め、日本中が落胆していたが、現在復元工事は順調に進んでいるようだ。



ふるさとのお城は大切な物だと思う。琉球国のシンボルだ。
1923年に老朽化のために首里城正殿の取り壊しが検討されたときに保存のために奔走した一人が当時東京大学教授だった建築家の伊東忠太。いまなお独特な様式美を誇る築地本願寺の設計者である。

首里城の最奥部、展望所の東のアザナ(あがりのあざな)から那覇の町を眺める。夕日に照らされた町が美しく輝いている。

19:00の閉門時間が迫ってきた。継世門から首里城を出て、首里の旧市街の趣の残る住宅地を抜けて首里駅に到着。ゆいレールに乗ってホテルに戻った。






夕食は地元で人気の定食屋「みかど」でふーちきなー定食。ふーちきなーとは高菜のこと。出汁をよく吸った車麩を塩漬け高菜と炒めた料理。沖縄の味がした。



2025年5月22日 Sea to 首里城 沖縄県那覇市若狭 波の上ビーチ~那覇市首里 沖縄都市モノレール線首里駅 雨のち曇り 27/26℃
行動距離8.9km 行動時間2:44 獲得高度220m 12952歩 行動中飲水量300ml