とりあえず、歩くか。晴れた日は星空の下で寝るのもいい。

週末の九州自然歩道のトレッキングや日常の雑感です。英語版のトレッキングログもこちら https://nayutakun.hatenadiary.com/  で公開しています。

廃線跡巡り 国鉄世知原線

 世知原(せちばる)線は、かつて長崎県北松浦郡吉井町肥前吉井駅から世知原町世知原駅までを結んでいた国鉄鉄道路線である。現在、これらの地名は佐世保市吉井、佐世保市世知原と、いずれも行政区分が変わっている。長崎県北部の松浦半島北部一帯の北松炭田群のうち、世知原を起点として佐々川流域の炭田からの石炭の運送を主な目的として、1896年に関西採炭株式会社が敷設した軌間762mmの軽便鉄道の九州松浦炭鉱専用鉄道の一部として開業している(Wikipediaより)。

 1936年に国有化されて松浦線の一部となり、1944年に1067mmに改軌されている。その後、1945年3月1日に肥前吉井-世知原間の6.7kmが松浦線の支線から分離されて、正式に世知原線を名乗るようになった。

 しかし、沿線の炭鉱が閉山すると途端に衰退し、1971年12月26日に全線が廃止となっている。線路跡は自転車歩行者専用道路として整備されている。

 九州自然歩道の未踏部分の平戸支線の取りかかりの位置に世知原線廃線跡があることに気が付き、九州自然歩道歩きと合わせて廃線跡巡りを楽しむこととした。今回のレポートは2024年4月28日の九州自然歩道128日目の廃線跡巡りのためのリメイクとなる。

 今回は福岡を朝7時に出て、筑肥線唐津線松浦鉄道と乗り継いで、佐賀県西松浦郡有田町の山谷(やまだに)駅に10:41に到着。そこから標高776mの国見山の山裾を10km以上西に歩いて、15:30ぐらいに長崎県佐世保市世知原に到着してから廃線跡巡りが始まった。廃線跡を目当てに歩いてみたい方は、こんな大変な道を辿る必要はない。松浦鉄道の吉井駅あたりや佐世保から世知原に向かうバス便があるので、そちらを利用してもらいたい。1~2時間に1便のバスが出ている。

福岡から筑肥線

唐津から唐津線筑肥線

伊万里から松浦鉄道に乗り換え

山谷で下車

今回は山谷から世知原まで10km以上歩いたが、廃線跡を歩くだけならばバスで世知原まで行ける。

大正町あたりが世知原の中心地になる

 世知原線廃線跡巡りは、ぜひ世知原地区炭鉱資料館に立ち寄ってもらいたい。ここは世知原地区の中心にある旧松浦炭鉱事務所であるが、県指定有形文化財の砂岩のブロックで覆われた美しい建物。資料館の内部には炭鉱の資料に加えて、世知原駅駅名標祝橋駅駅名標などのかつての世知原線を偲ぶ資料も展示されている。

世知原地区炭鉱資料館

鉄道の設計図も展示されている

 資料館を出て西に100mほど進んだ右手には世知原駅跡。列車の動輪が飾ってあるのですぐに分かる。現在、駅の跡地は躍進の泉公園となっている。

世知原地区炭鉱資料館を出て西に進む

世知原駅

 世知原駅跡を15:53にスタートして150mほど進むと、左に松浦病院が見えてくる。松浦病院の先には県道54号線が交差するが、そこまで進んではいけない。松浦病院を眺めると、真っ直ぐな舗装路が突き抜け、病院の棟をつなぐ渡り廊下が目にとまる。この不自然に真っ直ぐな舗装路が世知原線の線路跡。遠慮することなく、病院内を突き抜ける舗装路を進んでいく。

世知原駅跡からさらに西に進む

県道54号線まで行ってしまわないように

松浦病院に向かって左折

病院の中に躊躇なく進む

 前を見ると自転車道の標識が見えてくる。廃線跡は自転車歩行者専用道に転用されている。こっちで間違いはない。

自転車歩行者専用道

 この先は県道54号線と並行する舗装路を進む。県道よりも盛土で高くなっており、路盤がそのまま自転車道に転換されているようだ。勾配がなく歩きやすい。

いかにも線路跡の道が続く

 道路沿いにデイリーヤマザキのコンビニがある。16:10に小休止。県道にはバス停が点在。

大田橋

 16:30には大田橋を通過し、16:40には祝橋バス停に到着。県道を渡り、佐々川に架かる石造りの橋を見学。祝橋は世知原線が廃止になったときの唯一の途中駅だった地名。世知原線祝橋駅跡の遺構を探しながら進む。

 県道と接する部分から50mほど進んだところにホームの跡が残っていた。ここからは世知原線は県道よりも高いところを真っ直ぐに進んでいく。

ホームの跡のよう

位置としては祝橋駅

 さらにしばらく進んで、16:54に自転車道の脇に広場を見つけた。、石のテーブルが据えられている。このあたりが御橋観音駅の駅跡かなと思いながら通過する。位置はすこし東過ぎる。この駅は1944年とずいぶん前に廃止されているので、痕跡を見つけるのは難しそうだ。県道に沿ったところにファミリーマートがある。

 御橋観音駅の遺構を探しながら歩いていたときに、男性の二人連れから声を掛けられた。廃線専門の廃線テツの方で、遺構を探してはGPSで位置を記録しているとのこと。やはり御橋観音駅の遺構を探していたが、何も見つからないとのこと。これからさらに国鉄柚木線国鉄臼ノ浦線の遺構を探しに行くとのこと。車中泊廃線三昧の旅だそうだ。世の中にはいろいろな人がいる。

階段のあるこのあたりが御観音橋駅あたりだろうか?

 この先には九州自然歩道の説明板が出てきて、17:26に佐々川沿いのポットホール公園に立ち寄る。九州自然歩道はここで世知原線跡を離れて佐々川の北岸を進むのだが、今回は世知原線を優先。廃線跡をさらに西に進む。

ポットホール公園

 勾配のない真っ直ぐな舗装路が続く。正面に県道40号線の高架が見えてきた。さらに進むと高架の下で交差する松浦鉄道が見えてきた。この橋梁は松浦鉄道吉井川橋梁。この曲線の美しいコンクリートアーチ橋は鉄筋の代わりに竹筋が使われた可能性があるとされる。

県道40号線の高架が近づいてきた

松浦鉄道吉井川橋梁が見えてきた

 橋を眺めながら世知原線廃線跡は左に曲がっていく。畑と県道54号線との間に路盤の跡がくっきりと残されている。

松浦鉄道に向かって進む線路の跡がはっきりと残る

この踏切の先が分岐点

 この先の大渡跨線橋の辺りで世知原線松浦鉄道に合流し、かつての始発駅である肥前吉井駅、現在の松浦鉄道吉井駅に向かって進んでいく。

大渡跨線橋から

 17:45に吉井駅に到着して国鉄世知原線廃線跡を巡る旅は終わりとなる。全線にわたり歩行者自転車専用道に転換されて保存されており、7.6kmと短いながらも満足度の高い廃線跡歩きだった。

吉井駅に到着

2024年4月28日 廃線跡巡り 国鉄世知原線 曇りときどき晴れ 26/15℃ 行動距離7.8km 行動時間1:52

往路交通: 西新7:05福岡市営地下鉄/筑肥線唐津8:25/8:38唐津線伊万里9:31/10:30松浦鉄道-山谷10:41

復路交通: 潜竜ヶ滝6:19-伊万里7:56/8:20高速バスいまり号-天神10:01