今回の福岡建築散歩で採り上げるのは天神エリア。福岡でもっとも人の集まる地域である。天神エリアにはよく知られた建築物や、おしゃれなエリアの気の利いた建築物が多数ある。3時間の散歩をしながら、天神周辺の建築を楽しめるルートを考えてみた。
天神エリアで紹介したい建築物は数が多い。一筆書きで効率よく建築物を巡るため、まずは福岡市営地下鉄空港線の天神駅から一つ西の赤坂駅で下車して、4番出口から地上に出て欲しい。目の前の片側2車線の道路は明治通り。唐人町駅、西新駅でも目にした福岡の市街地を東西に貫く幹線道である。
明治通りを20mほど左(西)に進むと赤坂交差点である。南北に交差する道路も片側2車線の道路で、この道は大正通りと呼ばれる。赤坂交差点から大正通りを左(南)に折れて300m進むと、メタリックな輝きを放つ建物が右手に見えてくる。
(1) LKB
福岡市中央区赤坂1-5-25
設計:末廣香織+末廣宣子/NKSアーキテクツ
竣工:2002年
ガラスのファサードが強烈な印象を与える。コンクリート打ち放しの構造体で、側面と背面には窓はない。とびきりおしゃれな弁護士事務所。設計は地元福岡のNKSアーキテクツ。この事務所は学校から住宅まで幅広く設計を手がけているが、どの作品も魅力的で、光の扱いが丁寧な印象を受ける。
ここからさらに大正通りを100m進み、片側2車線の道路(国体道路、別名けやき通り)と交わる警固(けご)交差点の信号に至る。そこから右折して、国体道路を350m進んだ信号から、筑紫女学園の標識を目印に左折する。通りの名ははなみずき通りで、街路樹には白い花(本当は苞)と紅葉の美しいハナミズキ。ハナミズキの下を300m歩くと、右手に黒い長方体の建物が見えてくる。
(2) 御菓子處 五島
福岡市中央区赤坂3-1-21
設計:柿沼守利
竣工:2002年
近づいてよく見てみると、黒一色と見えていた外装は黒とグレーのタイル張り。店舗前の植栽とよくマッチしている。福岡市の第17回都市景観賞を受賞している。ここの和菓子も店舗に似てシックで上品。季節のものであるが、紫陽花という名の寒天ゼリーの色合いは秀逸。
五島の前に建つのが筑紫女学園中学校・高校。1907年創立の伝統校。陸上や水泳では数々の有名選手を輩出している。
(3) 筑紫女学園中学校・高校
福岡市中央区警固2丁目8-1
設計:和田設計
竣工:2005年3月
エントランスゲートの広い開口部が特徴的。学園の設立母体は西本願寺系で、どことなく宗教建築の色合いを感じる。
筑紫女学園からまた国体道路に戻り、警固交差点に向かって進む。警固交差点からさらに東に向かって350m直進すると、巨大な吹き抜け空間の目立つ8階建てのビルが見えてくる。吹き抜けが大きすぎて、強度は大丈夫か心配になるほど。
(4) イル・カセット
福岡市中央区大名1-2-5
設計:古谷 誠章+八木 佐千子/STUDIO NASCA
施工:清水建設九州支店
竣工:2002年
設計は東京都新宿区にあるStudio Nasca(有限会社ナスカ一級建築士事務所)。早稲田大学教授の古谷誠章と八木佐千子を主宰とする事務所で、ここも作品が多彩。一番印象が強い作品は、長野県の小諸市にある日清食品の安藤百福センターに作られたツリーハウスの設計。又庵と名付けられたツリーハウスは、カップヌードルの形をしている。
イル・カセットのすぐ先の角から左に曲がり、大名の狭い通りを2ブロック進む。このあたりの通りには歴史を感じさせる名前が付けられている。鉄砲町通りを右折して50mの細い路地に面して大名247ビルが建てられている。
(5) 247
福岡市中央区大名1丁目15-35
設計:松岡 恭子
施工:大林組九州支店
竣工:2003年
天神の隣の大名地区は、かつては福岡城の城下町であったエリア。天神が再開発で巨大なビルばかりになってから、大名エリアは古くからの木造建築を活かした小さな店舗が営業したり、あるいは町家の間口が狭く奥行きのある敷地に窮屈に建てられたビルが混在している。大名247ビルは後者の間口が狭い敷地に有機的なビルを見事に立ち上げている。第16回福岡県美しいまちづくり賞大賞(2004年)と日本建築家協会優秀建築選(2005年)受賞。
鉄砲町通りから先に進むと、人通りの多い天神西通りに出る。今度は、天神西通りを左折(北に)して2ブロック進むと、新雁林町通りが左に見えるが、そこに入ってすぐ右手のビルがLimpidである。
(6) Limpid
設計は有馬裕之。近年はモンゴルやロシアのプロジェクトでも活躍している。住宅設計などでも多数の賞を受賞しており、福岡近郊にもいくつかの作品があるはずであるが、詳細な位置情報がないためなかなか見に行くことができない。
ふたたび天神西通りに戻り、250mほど北上すると明治通りと交差する天神西交差点に出る。ここは、福岡市街を東西に貫く幹線道の明治通りがクランクする2つの有名な交差点のうちのひとつである。福岡市内で車を運転する際には、この天神西交差点ともう一つの天神橋口交差点のクランクは要注意である。バスが急に幅寄せしてきて、煽り運転かと肝を冷やすことがある。
天神西交差点に面した南西の角に建つのが西鉄グランドホテルである。
(7) 西鉄グランドホテル
福岡市中央区大名2-6-60
設計:浦辺鎮太郎(浦辺建築事務所)
竣工:1969年
シンプルだが格調のあるデザイン。西鉄グランドホテルは福岡の高級ホテルの草分けである。設計は浦辺鎮太郎で、倉敷アイビースクエア、千里阪急ホテルなどの、いずれも上品なたたずまい。倉敷市出身で、同郷の倉敷レイヨン社長の大原総一郎の庇護を受けて倉敷近郊に多数の作品を残している。
西鉄グランドホテルからは、明治通りを東に200mほど進むと、今回の散策ルートで最大の目玉となる建造物の福岡銀行本店が左手に現れる。
(8) 福岡銀行本店
福岡銀行本店は黒川紀章の代表的な作品の一つである。直方体の一部を大胆に切り取った巨大な空間を最大の特徴とする。最近では、このような巨大なピロティ(柱で支えられた建造物内外部空間、原意はフランス語の杭)はさほど珍しいものではなくなってきたが、1975年当時はショッキングだったようだ。現在でも、このピロティの真ん中に立ち、空を見上げてみると、「やっちまったな」と呟きたくなる気持ちを感じてしまうほどである。
福岡銀行本店の地下には福銀本店大ホール(現 FFGホール)が設置されている。ときどき九州交響楽団などの演奏を聴きに行くが、手頃なサイズのホールで、ステージが見やすく、音響がよい。
福岡銀行は、ふくおかフィナンシャルグループと名を変え、本社は大濠公園近くのふくおかフィナンシャルグループ大手門ビル(福岡建築散歩 その2 大濠・鳥飼エリア 2020年4月14日投稿 参照)に移転してしまっている。黒川紀章氏もすでに2007年に亡くなっている。まさかとは思うが、この歴史的にも重要な福岡銀行本店ビルが解体されることになったら嫌だなと感じる。
福岡銀行本店ビルの隣に建つのが天神ビル。
(9) 天神ビル
福岡市中央区天神2丁目12-1
設計:岩本博行(竹中工務店九州支店)
施工:竹中工務店九州支店
竣工:1960年
福岡市の中心市街地である天神のまさに中心に建つシンボル的なビルである。外壁には有田焼の褐色のタイルを使用しており、この色を見ると天神を想起するほど。
天神ビルの前の交差点は明治通りと、福岡市街を南北に貫く大通りである渡辺通りの交わるところ。今度は渡辺通りを北に100m進むと片側3車線の広い道路と交差する。この道路が昭和通りで、この交差点がクランクで有名な天神橋口交差点である。はじめて福岡市内を運転した時には、この交差点で西鉄バスからぶつけられそうになって冷や汗をかいた記憶がある。
天神橋口交差点を渡り北に進むと、最初の通りが材木町通り、次のブロックが安国寺北通りとなる。安国寺北通りを左に折れて50mのところに、突然これは何だと驚くような建物がある。
(10) 一江山 光圓寺
福岡市中央区天神3-12-3
設計:柿沼守利
竣工:1994年
天神北のこのエリアは繁華街の裏通りに寺社の密集するエリア。その中では異彩を放つ建造物。木目調のアクセントの付いたコンクリート打ち放しの外壁。冷たいのか温かいのか分からないような温度感覚を失わせるようなデザイン。天神の繁華街を一歩入ったところに、こんな外界の煩悩を跳ね返す砦のような建造物があるとは驚き。
設計は御菓子處 五島と同じく柿沼守利。設計は美しく、隙がない。また、植栽や外壁のメインテナンスがとても良く、設計者の意思を忠実に受け継いでいるかのよう。
光圓寺を見学した後はふたたび渡辺通りまで戻り、天神北の交差点を渡る。まっすぐ200m進むと、右手に木製パネルとガラスの外面が特徴的なビルが現れる。
(11) 福岡市農業協同組合本店ビル(JA福岡市本店)
福岡市中央区天神4-9-1
設計:青木茂 / 青木茂建築工房
竣工:2013年
この建造物は、築35年の老朽化したJAのビルを、耐震補強工事とともにリフォームしたものとのこと。耐震補強工事を上手くマスクしたデザインが美しく、新築の物件かと思わせるほど。
ここから須崎公園の中に入り、噴水の横を通過すると現れてくるのが福岡県立美術館の濃褐色の建物。
(12) 福岡県立美術館(旧 福岡県文化会館)
福岡市中央区天神5-2-1
設計:佐藤武夫設計事務所
施工:龍建設
竣工:1985年
一見すると無骨に見え、なんとなく緊張感を高めるような色調と形態。設計は佐藤武夫。佐藤武夫の作品には早稲田大学の大隈講堂がある。
福岡県立美術館と道路を挟んだ反対側に建つのが福岡市民会館。6角形の不思議な形の建物である。
(13) 福岡市民会館
福岡市中央区天神5丁目1-23
設計監理:村田大旗建築事務所
施工:大林組福岡支店
竣工:1963年10月
こちらは川縁に浮かぶ巨大な屋形船を連想させる。ファサードには窓がほとんど見えず、塗り壁のよう。音響は非常に良いようだが、まだここで開催されたコンサートに行ったことがない。2023年までに建て替えを予定しているので、早めに内部を見学する機会を作らなければいけないと思っている。
福岡市民会館の外周をぐるっと一回り見学した後は、那珂川沿いに上流に600mほど進むと昭和通りとの交差点に至る。交差点の向こう側には東京駅を連想させる造形の建物が見える。
(14) 福岡市文学館(福岡市赤煉瓦文化館)
福岡市中央区天神1-15-30
設計:辰野金吾、片岡 安
施工:清水組
竣工:1909年
この建物は、東京駅を設計した辰野金吾の手になる。様式はその名も辰野様式と呼ばれる、窓枠を白く縁取った赤煉瓦の外壁を特徴とする。もとは1909年に日本生命が九州支店として建てたもの。昭和44年に重要文化財として指定され、福岡市が買収して資料館などとして活用している。
福岡市文学館からさらにまっすぐ150m進むと、正面にガラスの光を反射する巨大な建造物が見えてくる。
(15) アクロス福岡
福岡市中央区天神1-1-1
基本:構想 日本設計/竹中工務店/エミリオ・アンバース
基本・実施設計:日本設計/竹中工務店
竣工:1995年
アクロス福岡はとても魅力的で、見どころのたくさんある建物であるが、赤坂駅を出発してここまでで6kmほど。3時間ほど経過してしまう。アクロス福岡の玄関を入ると、地下2階から福岡市営地下鉄の天神駅16番出口につながっているため、ここでいったん散策を終えることとする。
(1) LKB 福岡市中央区赤坂1-5-25
(2) 御菓子處 五島 福岡市中央区赤坂3-1-21
(3) 筑紫女学園中学校・高校 福岡市中央区警固2丁目8-1
(4) イル・カセット 福岡市中央区大名1-2-5
(5) 247 福岡市中央区大名1丁目15-35
(6) Limpid 福岡市中央区大名2-1-4
(7) 西鉄グランドホテル 福岡市中央区大名2-6-60
(8) 福岡銀行本店 福岡市中央区天神2-13-1
(9) 天神ビル 福岡市中央区天神2丁目12-1
(10)光圓寺 福岡市中央区天神3-12-3
(11) 福岡市農業協同組合本店ビル 福岡市中央区天神4-9-1
(12) 福岡県立美術館 福岡市中央区天神5-2-1
(13) 福岡市民会館 福岡市中央区天神5丁目1-23
(14) 福岡市文学館 福岡市中央区天神1-15-30
(15) アクロス福岡 福岡市中央区天神1-1-1