とりあえず、歩くか。晴れた日は星空の下で寝るのもいい。

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【Original Article】 Mentha Canadensis抽出成分によるPhorticaおよびCryptochaetum類に対する忌避効果についての検討(第2報)

           はじめに

 夏季の低山地帯の歩行時には、顔面に極めて近接して飛翔する小型の昆虫にしばしば悩まされる。飛翔範囲が顔面の前方、とくに眼部付近に集中し、手指による排除にもかかわらず、執拗に飛翔を繰り返すことを特徴とする。この小型飛翔生物を俗称でメマトイ(眼纏、eye gnat)と呼ぶが、ヒトに限らず哺乳類の目の周囲を飛翔する習性を有する小型のハエの一群を指す(Fig.1)。種としては、ハエ目ショウジョウバエ科メマトイ属のマダラメマトイPhortica okadai、オオマダラメマトイPhorticamagna、カッパメマトイPhortica kappa、ヒゲブトコバエ科のクロメマトイCryptochetum nipponenseなどが代表的なもので、日本には30種以上のメマトイ類の生息が確認されている1)

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Fig.1 今回のフィールドで採集されたPhortica属

 メマトイ類は、吸血や穿刺などのヒトに対する直接的な有害事象を生じることはないが、執拗に顔面前方を飛翔してQuality of lifeを損ねるもののみならず、呼吸時に開口した口腔内や鼻腔に迷入することさえあり、衛生的にも問題のある小動物である。

 これまで、メマトイの顔面前方への飛翔を忌避するためのさまざまな方法が多くの研究者によって模索されてきた。そのなかでも、揮発性の高いハッカ油Mentha oilは飛翔昆虫の忌避効果が高いとされており、いくつかの臨床的な適用が提案されている。フィールドにおける簡便な応用例として、Mentha oilの主たる成分であるMentholを含有する可能性のある口腔内崩壊清涼菓子(Fig. 2)を口中に保持して歩行すると、呼気成分に影響を受けてメマトイの飛翔が減少するという複数の報告を認めた。しかしながら、我々の過去の研究においては、定量的な忌避効果の評価を実施したものの、効果は認められず、正確な評価が望まれていた2)

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Fig. 2 Mintia® Dry Hard

 今回は、Mentha oilそのものがメマトイの忌避効果を有するかどうかを検証するため、植物由来のMentha oilを30%以上含有する試薬を入手した(Fig. 3)。これを用いてメマトイの飛翔が充分量得られるフィールドにおいて検証を行い、Mentha oilによるメマトイ忌避効果の評価を目的として研究を行うこととした。

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Fig. 3 ハッカ油スプレー Mentha arvensis 1ml中にMenthol C10H20Oを30.0%以上含有、PROST社

 

           材料と方法

 被験者には50歳代日本人男性1名を用いた。特記すべき基礎疾患はなく、習慣的なアルコール摂取は行わず、喫煙習慣は有さない。被験者には研究の趣旨を説明し、文書によるインフォームドコンセントを得ている。

 忌避効果の評価は、メマトイの飛翔濃度が充分に高い大分県竹田市直入町の林道において、2021年8月7日9:30より実施した。同日同所は、気温32℃、気流0m/secで、直射日光の当たらない状態で実験を実施している(Fig. 4)。

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Fig. 4 今回の実験を実施したフィールド

 メマトイ忌避効果の評価にはUtto Index(UI、うっとう指数)を用いている。UIとは30秒間の計測時間中に正面を向いた両眼視野内にメマトイの飛翔が観察された時間の割合を百分率で示したものである。すなわち、計測時間中に常に飛翔が観察された場合は100となり、視野内に飛翔する頻度が減少するとその値は小さくなることから、忌避効果が生じたものと推定することができる2)

 最初に静止時における忌避効果の評価を実施した。まず静止した状態で立位にて30秒間のUI計測を行った。1分間のインターバルをおいた後、再びUI計測を実施し、同条件でのUI計測を5回繰り返した。

 次いで、左右眼窩下の下にある四白を目標にMentha oilをワンプッシュずつ、紫外線遮光用黒色眼鏡のレンズにそれぞれ1プッシュずつ塗布し(Fig. 5)、さらに鍔付き帽子の鍔(Fig. 6)にも2プッシュ塗布し、同様な体位にて30秒間のUI計測を1分間のインターバルをおいて5回実施した。

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Fig. 5 Classic sunglass、Zoff

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Fig. 6 Gore-Texストーム・ハット、Monbell社

 静止時の評価に引き続き、歩行時の忌避効果の評価も実施した。まず、5km/hの速度で歩行を行い、Mentha oil非影響下における30秒間のUI計測を実施した。1分間かけて歩行開始点に戻った後、再度UI計測を実施し、同条件でのUI計測を5回繰り返すという手順にて、ベースラインの状態におけるUIの採取を行った。

 その後に、四白とサングラスおよびハットにMentha oil塗布を行い、歩行時に30秒間のUI計測を実施した。同条件でのUI計測を5回繰り返した。

 統計学的な処理はSPSS ver25.0 J(日本IBM社)を用い、t検定により平均値の差の検定を行った。

 

           結果

 静止時におけるMentha oilの有無によるUIの変化をFig. 7に示す。Mentha oilなしでのUIが平均86.4±7.09(標準偏差)であったのに対し、Mentha oil塗布後のUIは平均7.2±3.70(標準偏差)と著しい低下を示した。両群は統計学的に有意な差を示した(p<0.001)。

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 歩行時におけるMentha oilの有無によるUIの変化をFig. 8に示す。Mentha oilなしでのUIが平均88.2±3.27(標準偏差)であったのに対し、Mentha oil塗布後のUIは平均71.2±9.88(標準偏差)と有意な低下を示した(p=0.006)。

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           考察

 今回の実験では、Mentha oilによりメマトイの顔面前方飛翔の抑制効果が得られることが示された。とくに静止状態における効果が顕著であることが分かった。

 これに対し、歩行時におけるメマトイの忌避効果は統計学的に有意な減少は認められるものの、Mentha oil塗布時におけるUIの平均値は70%以上を呈し、臨床的には鬱陶しいと充分に認知するレベルの飛翔が残存していた。

 静止時には充分な忌避効果が得られたものの、歩行時には忌避効果が低下するのは、顔面前方の気流が影響するものと推察される。すなわち、静止時においては塗布したMentha oilに含まれるMentholが揮発性の溶媒となる低級アルコールとともに蒸散して、顔面周囲に高濃度のMenthol場が形成されるのに対し、歩行に伴ってMenthol場は顔面後方に移動拡散してしまい、顔面前方において忌避に必要な濃度が得られなかったものと思われる。また、歩行に伴い前方から忌避剤に暴露されていない新規の飛翔体が飛来してくるということも要因である可能性がある。

 Mentha oilには人に対してもとくに粘膜には強い刺激性を有するため、その塗布には注意を要する。メマトイが眼球をターゲットとして飛翔すると考えられることから、眼球周辺に塗布することが重要と思われるが、眼球に直接噴霧した場合には強い疼痛が生じることになるかと思われるため禁忌とされている。そのため今回は、眼瞼よりも数cm下方になる顔面皮膚上の四白にMentha oilの噴霧を実施した。また、紫外線遮光用黒色眼鏡のレンズに塗布と、さらに鍔付き帽子の鍔の内面に塗布を行った。

 しかしながら、Mentholは汗により容易にそれよりも下方に流出するため、大量に発汗を来した場合には、帽子に塗布したMentolが毛細管現象によって前頭部皮膚に浸出し、さらに眼瞼まで流下・侵入してくるため注意が必要である。また、汗の流下を防ごうと拭ったタオルで眼瞼近傍を拭くと、容易に眼球への刺激を呈することになることにも注意がいる。

 さらには、四白に塗布したMentha oilは顔面下方に流下するため、男性の場合はシェービング後の皮膚に対して強い刺激を自覚することも今回経験した。

 以上のように、今回の研究ではMentha oilの塗布によりメマトイの忌避効果がある程度得られることが明らかになった。ただし、歩行時においてはその効果は十分ではなく、さらに他の方策を検討する余地がある。

 

【抄録】(Ooitan訳)

 ハッカ油じハエが飛ぶんぅ減らすことがでけた。目に入ったら痛えけん気ぃ付けちゃ。タオルじ汗ぅ拭いたら、タオルにもハッカ油がつくし、ひげ剃り後にもしみるど。

 

参考文献:

  1. 日本ショウジョウバエ分類データベース:JDD-Japan Drosophila Database, http://www.drosophila.jp/jdd/sp/010102.html
  2. Nayutakun: 口腔内崩壊清涼菓子(Mintia® Dry Hard錠)によるPhorticaおよびCryptochaetum類に対する忌避効果についての検討. とりあえず、歩くか。晴れた日は星空の下で寝るのもいい。URL:https://nayutakun.hatenablog.com/entry/2020/08/18/202259、2021年8月15日最終アクセス