今回紹介するのは、ちょっと前の記録になるが、1985年に全線が廃止となった国鉄矢部線跡を巡る旅。かつて福岡県筑後市の羽犬塚駅と八女市黒木町の黒木駅とを結んでいた。廃線となった1985年にはすでに九州に住んでいたのだが、残念ながら未乗。鉄分が足りなかった。
博多駅から6:56発のJR鹿児島本線に乗車。大牟田行きのこの列車は4両編成で、後方2両がクロスシートで、前方車両はロングシートなので、乗車位置に注意がいる。


定刻の7:59に羽犬塚駅に到着。堀川バスのバス乗り場は駅前ロータリーではなく、50mほど離れた位置にあるのでこれも要注意。


堀川バスのターミナルから8:12発の羽矢線に乗車。鉄道が廃止になると、線路があったところを道路化してバスが運行されることも多いのだが、堀川バスの路線は微妙にずれているので、バスの乗車中に予習ができない。9:05に黒木中学校前バス停で下車して国鉄矢部線跡を巡る旅がスタートする。


下車したところは国道442号線の上。目の前には矢部川が流れる。大藤橋を渡った黒木の大藤のあたりが過去の航空写真で見ると国鉄矢部線の終端近くになるよう。そのあたりの地形がわからないものかと護国神社の山に登って黒木の町を俯瞰してみるが、矢部線の終端の痕跡は見つからなかった。




9:27に黒木駅跡から廃線跡歩きのスタート。黒木駅跡は八女市黒木体育センターとなっており、現在は少し離れた位置に駅名標が設置され、国鉄C11形蒸気機関車の静態保存がされている。




鉄道には詳しくない自分にはよく分からないながらも、C11を仔細に眺めてから舗装路を進み始める。もともとはレールが敷設されていたところを舗装路にしたのだろう。9:34になかた花公園を通過してからは、町並みから離れて山手の方に進んでいく。


山手に進んでいく道は農道にしては不自然なほど直線的。9:48に中原隧道東入口に到達。現在このトンネルはお酒の保存庫に使用されているようで、古久蔵の看板が掛けられている。通過は不能。




トンネルの右手から山道に進み、山の上の県道70号線には9:54に出た。しばらく県道を歩き、峠を越えた先から藪をかき分けて線路跡に下る。ちょっと苦労したが、10:17に中原隧道西口に到着。トンネル入口には隧道古酒須々許里(すすこり)の木札がかかっていた。






事前に調査した情報では、中原トンネルの内部はかつて上陽町と黒木町に分かれており(現在はいずれも八女市)、町境で仕切りがなされて、それぞれ別の酒造会社が酒蔵として利用しているとのこと。ただし、かつての黒木町側は酒蔵開きが行われることがあり、その際は一般人でも旧町境までトンネルの中に入ることができるとのことであった。

ここからしばらくは長閑な田園風景の道を進む。舗装された直線の道幅は単線の路盤と同じ。勾配はほとんどなく歩きやすい。これも廃線跡巡りの楽しいところ。




舗装が途切れた先に北川内隧道南口の開口部が現れた。10:38に足元がぬかるむ中をトンネル内に進むと、50mほど先のところで鉄扉で閉鎖されていた。舗装された部分まで戻ると男性から声を掛けられた。国鉄矢部線の廃線跡を歩いていると説明すると、列車が走っていた頃は、蒸気機関車がトンネル入口あたりの勾配を青息吐息で走っていて、走れば追いつくことができるぐらいだったと思い出を語ってくれた。



トンネルを迂回して山の上に出て、10:47に再び県道70号線に合流。ちょうどトンネルの真上あたりのセメント舗装路を下って、10:56に北川内隧道北口あたりに着いた。ここはトンネル出口からの築堤が残っている。トンネルの中に入ってみたが、すぐにセメントブロックで封鎖されていた。









トンネルから出てきたところで男性から声を掛けられた。この男性は矢部線の築堤の草刈りを定期的にされているとのこと。矢部線にはいろいろな思い出があるよう。地元の文化遺産を守ってくれている。ありがたい。
トンネルの先の築堤からは舗装路となって、町並みが続いている。農業活性化センターを通過した先でセブンイレブンを見つけた。11:00からイートインをお借りしてバターチキンカレーの昼食。それなりに美味しい。



お腹を満たして11:18に行動再開。R500mぐらいの緩いカーブの舗装路を進んで、11:25に地域福祉センターに到着。福祉センターに隣接する駐車場付近が北川内駅跡だったとのこと。残念ながら矢部線の痕跡を示すものは残されていない。


この先は直線道路となる。信号のあるT字路となり、その先は星野川。よくみると橋梁のコンクリートが一部残っている。対岸の100mほど先にはかつての路盤の築堤のような盛り上がった道路が見える。




矢部線はこの信号の位置から対岸に橋梁を渡り、その先の築堤の上を走っていたのだろう。星野川は直接渡れないため、11:36に宮の上橋に迂回する。ついでに宮地嶽神社にお参り。宮ヶ原集落の中を通る路盤の上の舗装路を進む。






11:50に星野川にかかる上現原(かみうつばる)橋を通過。矢部線は橋の方には向かわず、真っ直ぐ進んでいただろう。

その先に長野隧道が現れた。まさに単線の通過する隧道。ここは問題なく通過。



このさきは舗装が途切れるが、歩行には問題ない。星野川沿いの快適な散歩。



11:58に現原橋で県道52号八女香春線に合流。2016年頃までは鉄橋の橋脚の一部が残っていたらしいが、星野川の拡張工事の際に撤去されている。合流地点の先にある山の井公園では桜が咲き誇る。ここでコーヒーとオレンジで小休止とした。


12:30に行動再開。上山内交差点から先はバルビゾンの道と名付けられた県道52号線が真っ直ぐ走る。

12:40に八女市東公民館を通過。ここはかつて山内駅のあったところ。残念ながら矢部線の痕跡を残すものはない。

このあたりの矢部線の路盤はバルビゾンの道と名付けられた県道52号線にすっかり変わっている。4kmほども直線路が続いている。

直線路を3km近く進んだ先の祈祷院交差点を13:07に通過。交差点の先の左手に上妻団地がある。ここはかつて上妻駅があったところ。ここも矢部線の標は残っていない。



祈祷院交差点から1kmほど進んだところで、13:26に国道3号線と交差する。このあたりに今古賀駅があったはずだが、ここもまったく痕跡がない。


さらに進むと歩道と道路の境界部にりっぱな藤の木が多数植えられている。看板には全長510mの八女福島のトンネル藤と書いてある。藤の支柱になっているのが廃レール。ようやく矢部線の痕跡が出てきた。




トンネル藤の途切れるあたりにレールと踏切が見えてきた。ここが筑後福島駅跡。現在は公園として使用されており、当時の駅舎が移転して公園の倉庫として再利用されている。



この先は緩い右カーブを描いて道が進む。14:09に立野交差点を通過した。ここにはかつて蒲原駅があったはずだが、痕跡は見当たらなかった。


この先、14:30に九州自動車道との立体交差を通過した。ここが鵜池駅のあったとされるところ。ここにも何の痕跡も残されていなかった。


14:47に鳥竿田橋(くわいだはし)で花宗川を越えて先に進む。15:00に野町北交差点を渡る。ここは花宗駅のあった辺り。現在は国道209号線が交差する広い交差点となり、セブンイレブンが建っている。


ここから矢部線の路盤と思われるアスファルト路はR600mぐらいの右カーブを描いて鹿児島本線と並行して進んでいく。現在は路盤だったあたりには新幹線の高架が立ち、進入することができなくなっている。



新幹線高架と合流したところから500mほど進むと羽犬塚駅となる。15:28に到着。国鉄矢部線の廃線跡を巡る旅は終わりとなる。




2024年3月31日 廃線跡巡り 国鉄矢部線 曇りときどき晴れ 20/14℃ 行動距離22.7km 行動時間6:21 獲得高度228m 35508歩 行動中飲水量700ml