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週末の九州自然歩道のトレッキングや日常の雑感です。英語版のトレッキングログもこちら https://nayutakun.hatenadiary.com/  で公開しています。

おうちで食べよう その10 紅茶煮豚

 これまで紹介した我が家の手作り料理の中で、煮豚を食べてみたいから詳細を教えて欲しいとのリクエストが来た。おうちで食べよう その2(2020年4月30日投稿)以降、何回か顔を覗かせている一品である。

 本当に簡単にできて、美味しい。ポイントは、紅茶で煮る、ということに尽きる。料理がとても上手な、大学の同級生の奥さんから教わったものであるので、私のレシピのごとくお教えするのは恐縮の限りではあるが、作業工程を記録しておいたので、リクエストにお応えして、再度レシピと作業工程を記載しよう。

 煮豚(豚肉の紅茶煮)

  • 材料:豚肉 500~1000g程度(ブロック)、紅茶 4パック
  • 調味料:醤油100ml、酢45ml、日本酒45ml、みりん45ml、ザラメ10g

 まず用意する材料はこんなもの。一般的な家庭にたいてい置いてあるようなものでできるはず。豚肉はブロックで、赤身のもも肉がお勧めだが、好みと調達の都合でどの部位でもかまわない。

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 鍋に1500ml程度(豚肉が完全に浸る程度)の水を入れて、紅茶を投入する。紅茶パックのラベルは取り除いた方がよいと思うが、糸の部分はどちらでも良い。不潔と感じるならばはさみででも取り除いたら良い。

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 紅茶を投入したお湯が沸騰し、紅茶が十分に抽出されて着色されたならば、豚肉を投入する。料理の本には、豚肉のブロックはたこ糸でくくると煮崩れしないので良い、みたいなことが書いてあるものがあるが、この紅茶煮の場合にはたこ糸でくくる必要はない。これについては最後に理由につながることを少し述べるが、紅茶で煮ると型崩れしないのである。実際、格好いいからやってみたかったという理由だけで、お歳暮でまれに贈られてくる高級ハムのようにたこ糸でグルグル巻いてから煮たこともあるが、何ら違いが生じるわけでなく、食べる時にたこ糸を除去する際に、肉に食い込んだたこ糸の部分の肉の表面が剥がれて見栄えが悪くなるだけであった。

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 豚肉ブロックを、約40分間煮る。時間経過とともに、鍋の水は蒸発して豚肉の上部が空気中に露出してくるが、そうなると空気中に露出した部分は加熱が十分になされなくなるので、水は適宜豚肉ブロックが十分に浸漬するように追加する。また、鍋の中で豚肉を回転させて、周囲をまんべんなく加熱するよう心がけておいた方がよい。

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 豚肉ブロックの加熱に要する40分の間に、漬け汁を調製し、冷却まで進めておくと効率が良い。漬け汁は、先の調味料の所に記載した、醤油100ml、酢45ml、日本酒45ml、みりん45ml、ザラメ10gを小鍋に入れて混和した後、沸騰するまで加熱する。私は調味液を作製するような際にはザラメを愛用する。これは、ザラメに含まれるカラメルのコクが、とか、精製されない蔗糖に含まれるミネラルが芳醇な味を、とか威張って言うつもりはさらさらない。砂糖の味の違いなどさっぱり分からないのだ。ただたんに、料理の上級者になったような気分にさせてくれる、カステラの基底面に残留するような、あのザラメのルックスが好きだからである。

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 沸騰したところでコンロの火力を若干弱く調整する。突沸しないように留意しながら30~60秒ほど沸騰状態を維持したのち、火力を停止する。これが専門用語でいうところの、「煮立たせる」という行為であるが、この操作を行うことで、混和した調味料はまろやかな味に変化するようである。おそらく、加熱によって糖やアミノ酸がメイラード反応を生じることなどによるのではないかと推察される。

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 煮立たせた漬け汁は、そのまま冷却するのを待つ。

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 紅茶抽出液の中で40分間加熱した豚肉ブロックは、火力を停止した後、そのまま鍋の中に入れておき、50℃程度に冷却するのを待つ。紅茶で煮たために、豚肉の表面はみごとに茶褐色に変色している。冷却温度については、50℃が重要なわけではなく、操作中に誤ってアッチッチとならなければよいだけで、キリが良いので記載しただけである。

 専門用語では、「粗熱がとれたらビニール袋に入れ」、などと気取って言うが、90℃の物質も、50℃の物質も、20℃の物質も、その内部に包含するのは単なる熱エネルギーであり、その熱エネルギーに粗や密な状態が存在するわけではない。粗熱などという熱エネルギーの状態が存在するがごとく言われると、それはいかなる状態かしばらく考えなければならなくなるから、耳を塞ぎたくなってしまう。

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 50℃近くまで冷却した豚肉ブロックをトングで掴んでビニール袋に入れる。トングで掴まずに、素手でハンドリングしても良いが、じつはこの時はまだアッチッチであったことと、トングで操作した方が上手に見えそうな気がしたからトングを多用しているのである。

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 豚肉ブロックを入れたビニール袋に、先ほど調製して冷却しておいた漬け汁を投入する。ビニール袋の中に漬け汁を入れるのはなかなか難しい。現在、私は大きいスプーンを使って、もう一方の手で開口させたビニール袋の中に慎重に入れるが、最初の頃は鍋から直接漬け汁を一気に入れようとして、漬け汁の30%程度を喪失する惨事を招いた事があるので、それ以降はスプーンを使用して慎重にマニピュレーションすることにしている。

 タイやマレーシアの屋台では、ビニール袋に柄杓ですくった飲み物をシャーっと入れて口を結んだ後、プスッとストローを刺して渡されたことがあるが、あれはかなり高度な技術と思われる。

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 ビニール袋から脱気を行い、豚肉の全面に漬け汁が接触するようにしてから、ビニール袋の口をしばる。ここではビニール袋は、あとで外しやすいことを配慮して結ぶことをお勧めする。

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 煮豚を入れたビニール袋は、もう一つのビニール袋に入れる。これもいちど経験してしまったが、漬け汁の漏洩があると冷蔵庫内の大惨事につながる。冷蔵庫で一晩保存するうちに、ジワジワ漏れ出した漬け汁が、下段だけでなく、下の野菜室、その下の冷凍室まで汚染してしまったのである。漏洩がないように2重のビニール袋に入れた煮豚は、冷蔵庫で翌日以降まで保存し、肉に味が染み込むのを待つ。

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 漬け汁につけた煮豚は、翌日以降(6時間以上経過した後)に冷蔵庫から取り出し、なるべく薄く切る。

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 漬け汁を軽くかけて食すと美味しい。これは好みであるが、薄ーく切って、漬け汁に再度浸漬させてから食べる方が美味しく感じる。

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 この料理の最大のポイントは、紅茶の煮出し汁で肉塊を煮るというというところである。もう、20年以上前だが、このレシピを教わった時、タンニン酸によるタンパク質の収斂作用という化学反応を料理に応用した素晴らしい調理法だと感心した記憶がある。

 ここで確認のため、インターネット検索をして見たところ、上記のレシピは紅茶煮豚としてけっこう有名なもののようであった。しかし、紅茶を使用することによって美味しくなる理由の、これらのレシピに付随する記載については、承服しがたいものがある。

 例を挙げると、(タンニン、酵素の効果として)「紅茶でお肉を煮ると、お肉が柔らかくなる」、(タンニン、カフェインの効果として)「余計な脂肪を落としてくれる」といった記載であるが、紅茶に含まれる成分と、その作用を考えると、どうもこの記載と、記載者が考えたメカニズムは怪しい気がする。

 まず、日本国内で市販されている紅茶に含まれるところの主要な成分であるが、これは2012年に詳細に検討を行った文献があった(坂本ら、日本食品化学工学会誌、2012)。これによると、タンニン(カテキン、テアフラビン、テアルビジンを含む)、カフェイン、シュウ酸、アミノ酸をおもな成分と考えてよさそうであった。

 このなかで豚肉と強い反応を呈すると思われるものが、タンニンとシュウ酸。タンニンは口に入れると強い渋味を感じさせる成分で、渋柿の渋みはタンニンが舌や口腔粘膜のタンパク質と結合してタンパク質を変性させる効果によるものである。シュウ酸もタンパク質を変質させる。豚肉紅茶煮を作製してみた私の観察では、熱変性と化学変性を起こした豚肉の表面は硬くなっているのである。

 私が推測した紅茶で煮ることによって豚肉が美味しくなるメカニズムは、豚肉表層のタンパク質・コラーゲンが、紅茶から抽出されたタンニンと結合することによって、変性した不溶性の層を形成することによって、加熱時に肉の内部から流出しやすいうまみ(主には水溶性のアミノ酸)の流出を阻害して、肉のうまみが増す、と考えるのが妥当ではないかなと感じた次第である。

 「お茶に含まれる酵素が肉を柔らかく」などという記述も散見されたが、お茶の葉にはたしかに酵素は多く含まれているが、それらは紅茶を作製する際の加熱によって失活(タンパク質でできている酵素は高温で変性するため活性を失うこと)しており、また、今回のように沸騰する水中で反応するような酵素は極めて限定的(温泉菌から見つかった酵素など)であることから否定される。

 料理は化学であり、科学である。

参考文献:坂本 彬,井上博之,中川致之:12種類の紅茶の化学成分.Nippon Shokuhin Kagaku Kogaku Kaishi Vol. 59, No. 7, 326∼330 (2012)